fc2ブログ

2.行動 

「……」
「……」
 幸先のいいスタートを切ったのはいい。それは本当にいいことだ。もしかすると、ずっと孤独な出生不明のままのたれ死んでいたかもしれないし、アオイのように呪われし者として忌み嫌われていたかもしれない。今、こうやって二人で行動できているのは奇跡と呼ぶに相応しい状況だろう。
 だが、しかし……だ。
「仲間の挨拶を済ませたのはいいが、どこへ向かうんだ? アオイが先導してくれないと、何も分からん俺には動く術がないのだが」
「そうね。私もそれを考えていたわ」
「何もないのか!?」
「ええ。家もね」
 これは驚いた。最低でも十五年この街に住んでいるというのに、住居すら確保していないとは。
 正直、そりゃ暴力を受けても仕方ないぞ。十五年も浮浪者のように街をうろうろされたら、いやでも目に付くだろう。当然、だからって暴力を振るっていい理由にはならないが、危機感というものが欠落しているんじゃないか?
 これはいきなり前途多難だな。まさか、仲間になって初めての共同作業が住居探しとは。幸先のいいスタートではあるが、先の思いやられる状況でもあるね。
「今までどうやって日々を過ごしてきたんだ?」
「街のどこかで空を眺めて一日を過ごしていたわ。別にいつも暴力を受けているわけじゃないのよ。大概は気味悪がって近寄ってこないから」
 そう言うと、唐突に空を見るアオイ。自分の世界に入り込みだしたか?
「空ってすごいのよ。私がどんな一日を過ごしていても、空は変わらず青色から橙色になって、最後は黒く沈むの。でも、空はまた青色になるのよね。私、それって強いなって思うわ。人間なんて黒く沈んでしまったらそう簡単に這い上がれないじゃない? なのに、空はそれを毎日繰り返してる。そんなことを考えながら生きていたら、早くも十五年の時が流れていたってわけ」
 これはまた予想以上の解答が返ってきた。だが、今はそういう哲学的状況を語り合っている場合ではない。哲学はおもしろいものではあるが、それを糧に生きられるわけではないからな。
 他にも、食料の集め方とか、身体の手入れをしてなさそうな割に不快な匂いを感じさせませんねだとか、さまざまな話をしたいところではあるが、とりあえず動かなければならない。
「それはまた魅力的な話だな。だが、その魅力的な思想のおかげで、住居探しを始めないとならないな」
「あらっ、あまり興味を持たなかったかしら?」
「いいや。とても興味を持ったね。だが、まずは何よりも安定が欲しいという新たな一面を発見できたところだ。その話は、住居の中でゆっくりと語り合いたいところだな」
「家なんてあるかしら?」
「さぁ? でも、動いてみないと、あるもないも証明できない」

 俺たちは街を歩き回った。初めは観光気分で街の中心部を捜索していた。当然、そんなところに出生不明の人間でも住める放置された空き家があるわけもないのだが、俺も少しはこの街を知っておきたかった。つまり、俺のわがままで案内してもらったというわけだ。だが、すぐに中心部は離れた。いかんせん俺たちは目立ちすぎる。特にアオイだ。おそらく、正体がばれないようにフードを被っているのだろうが、明らかに怪しい。というか、十五年もその姿だと、フードを脱いだ方が正体がばれにくいのではないかと思う。
 でも、俺はあえてそれを指摘しない。フードを被っているアオイは少し強気だからだ。中心部の案内を頼んだとき、アオイは力強く「任せて」と言いながらフードを被った。それでごまかせると思っているのだろう。本当、少し抜けているところがいいな。
 その後は、どんどん街と呼ぶには薄気味悪い場所へ移動していく。まぁ、好条件な立地の空き家なんてあるわけないだろうから予想は十二分にできていたが、廃虚と変わりないなここら辺は。まさか、初めて見た動物同士の触れ合いが、鳥がネズミを捕食しているところだとは思わなかった。せめて、猫同士の喧嘩であるなら微笑ましく見れたというのに、これはあんまりだ。
 だが、当の目的である住居は発見できた。そして、これは本当に喜ばしいことなのだが、電気と水道が通っている! これで当面の生活は心配ない。もし、家の持ち主がいたとして、運悪く帰ってきたとしても力で黙らせれば……いや、それはポリシーに反するな。話し合おう。そういうときのために話し合いというものはあるのだと思う。

 家を確保して、まずしなければならないことは生活だ。住居を手に入れたからには、これは何よりも重要で、いろいろと考えていかなければならない。生活には財源が必要だ。だが、俺たちには金がない。出生不明な上に一文無しじゃ、何かを拾って食べるしかない。正直、ただの空き家ならそれでいいとも考えた。だが、ここには電気も水道も通っている。これを最大限に利用したい。あってしまったのだから使いたい……。
 なので、俺は仕事を始めた。当然、飲食店のような「いらっしゃいませ!!」なんてセリフをさわやかに言うようなところではない。出生不明の人間なんて雇ってくれるはずがないからだ。だが、世の中はうまくできていて、そんな人間でも雇ってくれるような怖い仕事先はあるというものだ。
 そして、さらにうまくできているのは、その怖いというのは『一般人』に適応される言葉だということ。ゴミども五人程度なら軽く捻ることのできる俺からすると、別に怖いなんて思うことはなかった。むしろ、馴染んできていると思う。しかし、そんなうまい話には裏があるというもの。それがまさか、外部からの攻撃とは思わなかったがな。
「どうしたの? いつも仕事に買い物に任せっきりだから、今日は料理をしてみたの。せっかく電気と水道が通っているのだからフル活用しないとと思ってね。もしかして野菜はお嫌いかしら?」
「あっ……あぁ。ありがとう」
 野菜の好き嫌いの問題ではない。もはや、野菜炒めとしての原型を留めていない。こんなの野菜炒めを超えた野菜炒め、超野菜炒めだ。本当、どうして料理をしようと思ったんだ。今まで住居も持たずに拾い食いしていたのだから、料理なんてできるはずないだろう。結局はこのざまだ。「こんな風に調理されるために生まれてきたわけじゃないよ!」と、野菜は泣き叫んでいるはずだ。それほどに酷い。食べていないのにすでに未来が予想できる。
 なのにも関わらず、アオイのこの自信はなんだ。これは、少し抜けていて可愛いなというレベルではないぞ。明らかに頭がおかしい。自分の作った作品には必要以上の愛着が生まれるというが、これは行き過ぎだ。
 ……やばい。どうして食べないのだろうという不安と心配の念がこちらに伝わってくる。俺も男だ。食べよう。きっと、見た目が酷いだけで味はいけているんだ。そう信じよう……。
「……ぬうぅ!?」
 これは本当に料理か? これなら生で野菜をかじった方が絶対に美味い。こんなもの料理に対する冒涜だ。ここで、気を使って「美味しいな」なんて言っては絶対だめだと確信した。正直に言おう。俺はいつの時も正直でいたい。
「アオイ……」
「あらっ、苦しそうな顔ね。もしかしてお口に合わなかった?」
 少しムッとした顔になるアオイ。だが、そんなことは知ったことか。
「そういう問題じゃない。アオイはこの超野菜炒めを食べたのか?」
「食べてないわ。あまりのいい出来に浮かれていてね」
 いつも何を食べて生きてきたんだ。
「こういうことは口で言っても伝わらないことだと思う。黙って食べてみろ」
「ええ。どうやら食という点ではあなたとは分かり合えないみたいね」
 ムスッとした顔で超野菜炒めを口に入れるアオイ。これはどうせお約束のあれだ。不味すぎて、ゲロゲロと口から野菜炒めを垂れ流すパターンだ。そして、俺はそれを願っている。
「……」
「……なによ。美味しいじゃない。我ながら絶品だわ。これがお口に合わないなんて、舌はどうやら欠陥のようね。残念だわ」
 路上生活十五年というものはこれほどまでに強大なものなのか……。これはさすがに驚きを隠せない。
「うそだろ? 我慢するなよ」
「してないわ!」
 怒鳴られた。どうやら本当に美味しいと感じたらしい。完全敗北だ。
「いらないなら食べなくて結構! あぁ、勿体ない勿体ない」
 そう言いながら超野菜炒めをかきこむ。よかったな野菜たちよ。どんな料理も捨てたもんじゃないということが証明されたぞ。
 超野菜炒めを食べ終わったアオイは、そのままの勢いに寝床についてしまった。初めは仕事と買い物お疲れ様という意味の感謝料理祭だったはずなのに、味の問題だけでこんな空気になってしまう。食というのはなかなか奥が深いようだ。
「料理……か」

 朝だ。昨日は夜のように黒く沈んだ空気で幕を閉じたが、空は今日も変わらず、清々しい青色で俺を迎えてくれる。そして、それは俺たちも同じことになるだろう。アオイが起きてくれば俺たちにも青色が戻ってくるのだ。そうに違いない。さぁ、早く起きるがいい。
「……なんだかいい匂いがするわね」
 いいタイミングだ。どうやら俺は料理もできるようだ。こういう素晴らしい情報は、どんどん書き込まれていってほしいものだな。
「あぁ。昨日のお詫びを兼ねて、料理を作ってみたんだ。食という点では分かり合えないという汚名を返上しようと思ってね」
「……あらそう」
 まだ怒っている。どうやら根に持つタイプのようだな。だが、料理からのもつれは料理で解決だ。
「そうさ。俺の舌が欠陥でないことを証明したくてね。これでも、欠陥とは仲良くしたくない気質なんだ」
「へえ。案外根に持つタイプなのねあなた」
 アオイに言われたくはないが、ここは黙っておこう。とりあえず食べてもらわないことには始まらない。
「あぁ。これでも神経質なんでね。とりあえず食べてみてくれるとうれしいのだが。『ここのこんな部分を工夫したから美味しくできました。だから食べてみてください』なんて戯言は聞きたくないだろう?」
「確かに。それは美味しいご飯も不味くなっちゃいそうね。お言葉の通りにとりあえずいただこうかしら。欠陥舌さんがお作りになるお料理なんて、私の絶品舌には合わないと思うけれど」
 なかなか手厳しい口撃で。だが、俺は動じない。むしろ清々しいくらいだ。反感を買う状況からの逆転というのは非常に燃え上がるものがある。
 そして、俺はそうなることを知っている。なにせ、俺はアオイと違って味見を忘れない男。すでに味の質は保証済みだ。まぁ、アオイの舌が驚くほどの欠陥なら別だがな。
「お……美味しいわ……。なにこれ、こんな美味しい料理、食べたことない」
 ほらな。どうやら今回は俺の描いたシナリオ通りに事が運んだようだ。よかったなアオイ。お前は舌が欠陥というわけではない。ただ、美味しいものを食べたことがなかった。それだけだったということだ。
「どうだアオイ? これでも俺の舌は欠陥だろうか?」
 勝ち誇った顔で言ってやった。少し顔をムッとさせたアオイだが、今まで食べたことがないほど味の良い料理を作った俺に突きつけられる武器はない。昨日は完全敗北したが、今日は完全勝利だ。
「欠陥舌と料理の腕は比例しないってことが今日わかったわ。確かにこの料理は私の料理よりも美味しいのは認めましょう。でも、私の料理も美味しいわ。あなたの欠陥舌は受け付けないようだけど」
 ふっ。精一杯の強がりも今の俺には心地いい。
「そうだな。それで手を打とう。だが、料理を作る権利は俺がいただくよ。俺の料理は両方の舌に合うようだからな」
「仕事して買い物して料理もして、働き者なのねあなた。なんだか、何もしていない私が申し訳なく感じてくるわ」
「これでも働くのは嫌いじゃないみたいなんだ。体力もあるみたいだしな。本当、出生不明で自分のことが何も分からないとはいえ、ハイスペックな身体だということは実感している」
「それは大助かりだわ。レッドと出会えて本当に良かったとでもいって持ち上げておこうかしら」
「そいつは光栄だな。さらに働く気力が高まるよ」
「……」
「……」
 いつの間にか黒く沈んだ空気は消え去って、朝に相応しい青色のような空気に変わる。やはりこういう他愛もない会話は楽しいな。ずっと続けばいいと思えるくらいに楽しい。
 だが、そんな楽しい時間はすぐに過ぎる。これもまた、いつの間にか仕事に行かなければならない時間だ。別に仕事自体に不満はないが、こういう空気の読めないところは憎いな。金のために時間を売るというのは、まさにこのことを言うのだろう。
「さて、今日もお金を稼ぐ時間だ。仕事終わりまでご飯は我慢してくれよ?」
「ええ。我慢できなくなったら勝手に作るわ。当然、私の分だけだけれど」
「それなら安心だ。これで仕事に集中できる」
「それはよかったわね。名案を思いつけて幸いだわ」
 さて、仕事に向かおう。そして、帰ったら今日も美味しい料理を作って勝ち誇ってやる。



よろしければクリックお願いします。



ネット小説ランキング様







Wandering Network様

関連記事
スポンサーサイト



コメント:

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

この記事のトラックバック URL
http://heron1106.blog.fc2.com/tb.php/373-3f59528a

リンクフリーです!! お気軽にどうぞ。 banner QLOOKアクセス解析