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勇者になりて魔を裁く 

 先書き。この作品は毎週月曜日更新です。

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「アルゴ! 師匠が呼んでるぞ!」
 平凡だった。
「さすがアルゴ、相変わらず底なしの強さだ。そりゃそうだよな、だってお前の強さは師匠のお墨付きだったもんな……。いや、それは関係ねえや。俺はお前なら大丈夫だと思ってたよ」
 俺の人生は平凡だった。当然、涙を流し、憤りを感じることもあった。だが、この魔に満ちた世で、俺の身に何の損傷もなく過ごせてきた日々はやはり平凡だった。しかし、いつまでも平凡ですむわけがないのが世の運命。いつかこうなることは、こんな争いが絶えない時代に産み落とされ、剣を握り、武を志したその時から分かっていたさ。
は生き残らねばになれず。我らは人間という誇らしいを守るために武器を取り、魔を裁く』
人間という誇らしいにとって、魔はすべて味方にあらず。凶悪につき始末せよ』
 この村に来てから、ずっとそう教わってきた。どうやら魔というものは例外なく凶悪な存在のようだ。だが、俺はそんな教えが大嫌いだ。それはこれからも変わることはない。
 師匠。俺にもいよいよ時が来たようだ。俺の素晴らしき平凡な人生は……この瞬間をもって幕を閉じる。

                PrologueEpisode 二大生物

 人間魔族。今や世の「二大生物」と言われる頂点の二。この二は、ともに憎み合い、激しい争いを繰り返していた。だが、これには当然歴史がある。人間魔族。歩み寄れば良い世になるかもしれないその二種が争う歴史。その歴史を一度まとめよう。

 魔族が世に産み落とされて幾百年。初めは気にすることなどない、世に生息するひとつの新種として扱われていた。だが、時を増すにつれ、魔族は見違えるほどの種の進化を遂げる。人間が本能的に危険を感じたその時には、すでに人間にとってひとつの敵と値するまでになっていた。だが、魔族は人間を襲うことはなく、世で生きる生物の一種として、テリトリーをきちんと守り生活していた。しかし、すでに時は遅し。人間は愚かにも魔族に戦争を仕掛けた。人間は、人間という種のかわいさに、危険分子である魔族を襲ったのだ。この戦争により、奇襲をかけられた魔族はテリトリーを荒らされ、世を追われた。
 それから百年ほどの間、魔族は世に姿を現すことはなかった。だが、こんな暴挙をただ許すほど、種というものは軽いものではない。これは、まだ記憶に新しい二十年ほど前の話となる。もの凄い数の魔族が世に姿を現し、人間のテリトリーを襲撃した。それは、百年ほど前に生息した魔族とは別物のよう。あれだけ温厚であった魔族が、何の躊躇なく人間の命を奪う。しかし、その姿は人間の命を奪うことを楽しんでいるというよりも、ひどく憎悪に満ちていた。例えるならば人間への復讐といったところだろう。いきなり攻め入られた人間は混乱し、泣きわめき、命乞いをした。だが、そんな言葉は憎悪に満ちた魔族には届かない。人間はそんな命乞いなどに耳をかさなかったのだから。
 見渡す限りを人間の血の海に変えた魔族たち。しかし、そんな血の海のなかで、一人だけ人間を生かす。当然、その人間にすごい才能があるとかそういう類のものは一切ない。ただの気まぐれだ。いや、気まぐれというよりは利用するために生かしたというのが正しいだろう。その人間に対し、魔族のなかで一番偉いであろう魔族が静かに口を開き、なんと人語を発した。
「愚かな人間よ。愚かな主の下に帰りこう伝えよ。我の名は魔王ジェドー。貴様ら愚かな人間を根絶やしにする者なり」

 この発言により、人間と魔族の激突は始まった。そして、二十年ほどの争いを経たこの日、首都『キースル』を統べる王の発言によって歴史が動く。
「これ以上、腐った魔をのさばらしてはならぬ! 魔をこの世から滅亡させ、人間の世を平和にせねばならん。そのためにわしは考えた。各村ごとに、武に長ける代表を一人選出し、これより開催する格闘大会へ出場してもらう。そこで見事勝ち抜いた者には、人間代表という意の『勇者』という称号を与え、人間の希望として『魔王討伐』の旅に出てもらう!」
 普通ならばそんな強引な宣言に反感が起こるところだろう。しかし、この世ではそんな反感はまったく起きない。むしろこの決断は英断として称賛を浴びる。この世は魔族の宣戦布告以降、徹底した洗脳教育を施した。それにより、人間は誇らしい種、魔族は凶悪という意識が植え付けられているのだ。
 徹底した洗脳教育により、このむちゃくちゃな格闘大会は大盛り上がりで開催することが決まった。優勝賞品である『勇者』という称号はとても名誉な称号だ。『勇者』の称号を手に入れることにより、魔族から人間を救う英雄になることができる。それは人間にとって名誉なことであり、人間の種としての繁栄に大きくつながる。そんなことがこの世では名誉となる、そんな世なのだ。

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これぞ心友の形なり 

「いよいよねヴィレイ。勇者を勝ち取って凶悪な魔を滅ぼしなさい。そうなったら母さんどれだけうれしいか」
「分かってるよ母さん。僕は負けない。こういうきっかけがあると信じて、今日まで一日たりとも稽古をおこたらなかった。魔だって僕が一番裁いている。僕が勇者になれない道理はないよ」
 やっとだ、やっとこの日が来た。僕はずっと英雄を夢見ていた。凶悪な人外を相手に、叙事詩の中で勇敢に活躍する英雄。かっこよかった、熱くなれた。でも、現実はそんなに甘くない。そんな英雄も敵も存在しない。いや、存在しないはずだった。存在しないから叙事詩が生まれ、人々に夢を与えた。でも、今は違う。勇者、すなわち英雄になれる場を与えられ、人外の敵、すなわち魔が存在する。僕の夢見た叙事詩が現実となったんだ。
 僕はこんな時代に生まれたことを感謝する。僕を生んでくれた母さんに感謝する。『勇者』という称号を作った王に感謝する。僕の勇者としての踏み台となる雑魚どもに感謝する。そして、争ってくれた人間と魔に感謝する。
「行ってくるよ母さん。待ってて、次会うとき僕は勇者だ。僕はもうただのヴィレイじゃなく、勇者ヴィレイとして人々の英雄となる。そして、ただの叙事詩じゃなく、実記叙事詩として歴史に残り、夢を与える側の人間になるよ」
 さぁ、まずは勇者にならなきゃ。いや、きっとなる運命なんだ。英雄に憧れ、武を磨いた。いつかこんな日がくるんじゃないかと信じて、僕は毎日武を磨き続けたんだ。そんな僕が勇者になれないはずがない。そして始まるんだ。もしかすると長い歴史の中で、叙事詩として語り継がれるかもしれない実記『勇者ヴィレイ』の伝説が……。

                   Episode2 心友

 大きな世の中でも比較的山奥に存在する小さな村『ラモール』。その村は比較的小さな村ではあるが、豊かな自然に囲まれ、空気もきれい。裕福な生活さえ望まなければとてもいい環境であることは間違いなかった。
 そんな村で暮らす青年アルゴ。王の魔王討伐宣言により『ラモール』も大きなざわつきを見せている。そして、そんな『勇者』の称号を賭けた格闘大会へ出場する村人の代表を、アルゴにしようと村が動いているのだ。
「お願いだよアルゴ。おめえみたいな身寄りのない子どもをここまで育ててあげようなんて村はここくらいしかないんだぞ? 恩返しと思って大会に出てくれよ」
「……」
 村人は必死だった。それもそうだ。こんな山奥にある村、知名度もないし観光客もほとんどこない。村人は一日一日生きていくのに精一杯。しかし、そんなときにこんなチャンスが訪れた。もしもこの村から勇者が生まれたとしたら、間違いなくこの村は観光客であふれかえり、栄えるだろう。そうなれば村としては大盛り上がり。そして、その可能性がこのアルゴという青年にはあった。
「なんか答えてくれよアルゴ。オラは知ってるぞ。おめえには小さいころ師匠がいて、剣術を学んだんだろ? それに、師匠が居なくなった今も、毎日欠かさず修行してるそうじゃないか」
 先ほどまでだんまりを決め込んでいたアルゴ。しかし、『師匠』というフレーズが聞こえるとともに、明らかに嫌悪感あふれる顔で村人をにらんだ。
「お前のようなやつが軽々しく師匠の名を口にするな」
 怒りのこもった言葉を村人にぶつける。
「えっ……いや」
 そして、ひるんだ村人に対し、さらに畳み掛けた。
「俺はそんな馬鹿馬鹿しい大会などにでるつもりはない。他を当たるんだな」
 しばらく険悪なムードが流れる。正直、こんな性格のアルゴだから、村人はあまり関わりたくないのだ。しかし、こんな一発逆転の宣言があったのだから、実力のあるアルゴに頼まないわけにはいかない。意を決して頼みに来た村人であるが、結局こうなってしまったとため息をついた。だが、そんなときである。
「はいはい落ち着いてお二人さん。そんないつもいつも険悪なムードで何が楽しいんですかって感じよねほんとに」
 一体どこに潜んでいたのか。いつもこういう空気になると現れる一人の男。アルゴの唯一の友人であるフーレンである。
「いいところに来たフーレン。おめえもアルゴに頼んでくれねえか。オラはアルゴなら勇者になれると確信してるんだ」
 村人は、フーレンにもアルゴ説得の応援を頼む。
「まぁまぁ、ここはひとつ二人きりにさせてくださいな。身寄りのない者同士、師匠に育てられてきた者同士、俺も含めてあんたとは壁がある」
 調子良く、しかしさりげなく重たい言葉をはいて、村人の返事も聞かずにその場を去る。いつもお調子者のフーレンであるが、正直村人たちとは気が合わない。アルゴの唯一の友人がフーレンであるように、フーレンの唯一の友人もアルゴなのだ。
 村から少し離れたところまで移動する二人。ここならだれかに話を聞かれるとかそういう心配はない。しかも、こんな空気のきれいな森の中で気配がしたらすぐに分かる。気配を消せる達人であっても消しきれない空間であろう。そんな空間だからこそ二人は心置きなく話すことが出来る。いうなれば二人の秘密基地。そんな秘密の空間で二人は語り合う。
「あいつらも薄情なもんだよな。いつもお前を忌み嫌う癖に、こんなときだけ調子良くお願いなんてよ。しかも、みんなお前ばっかで俺は眼中にねえみたいだし。俺だったら快く出てやろうじゃないかとなるのに」
「なぜ出ようと思うんだ?」
 怒り口調で話しだすフーレン。二人の会話はいつもこうだ。フーレンが一方的に話しかけ、口数少なくアルゴが答える。
「だってよぉ、勇者だぜ。人々から称賛を浴びる英雄だぜ。めちゃくちゃかっこいいじゃねえかよぉ!! ……なーんて言えたらお前の友達にはなれてねえわな。正直、勇者なんてどうでもいいんだ。でも、俺は師匠が馬鹿にされるのがとてつもなく嫌なんだよ。師匠はあんな馬鹿げた運命に巻き込まれるような……すまん。とにかく俺は、優しい武に生きた師匠の生きざまを証明したい。ただそれだけだ」
 真面目にそう語るフーレン。いつもはお調子者のフーレンではあるが、それは多少無理をした姿。幼いころに親を亡くし、人間の汚さを知っているフーレンは心の底からお調子者ではない。
「その気持ちはとてもよく分かる。しかし、こんな馬鹿げた大会にでることが証明になるか? 俺はそうは思わない。それに、あの腐った王が開催する大会だ。なおさら出る気が起こらないな」
 気持ちは分かるといいながらも、真正面から否定するアルゴ。これにはフーレンも悩み顔になる。
「腐った王か……。分かってる、あいつは腐りきってるよ。あいつが王だなんて、人間をまとめてるなんて思いたくねえ。ん? ちょっと待てよ。別にあいつの……。おぉ! フーレン様名案を思いついてしまった! ちょっと聞きたまえアルゴ君!」
 急にテンションの上がるフーレン。困惑の顔を浮かべるアルゴであるが、そんなものはお構いなし。そのテンションのままアルゴに何か説明を始めた。
 高いテンションを保ったまま長々と説明を続けるフーレン。初めはめんどくさそうに話を聞いていたアルゴだが、説明を聞くうちにだんだんと真剣に話を聞くようになっていた。フーレンにしては聞ける話ではないか。そういう心境になるアルゴ。だからこそアルゴは、ひとつフーレンの話に疑問を持った。
「少し口を挟ませてもらうぞ。ひとつ疑問に思ったのだが、それは俺である必要はあるのか? 別にお前であっても問題ない話だろう」
 そんなアルゴの疑問に対し、フーレンは威張るように答える。
「無理だ! 俺じゃ勝ち抜けねえ!」
 明らかに威張るようなことではない。それにさっき、村人に自分が頼まれたら、師匠の生きざまを証明するために快く出てやるぜとか言っていたではないか。そんな言葉を返したくなったアルゴであるが、そこはグッと我慢する。威張っているものは仕方がないのだ。
「お前が勝てない? さすがにその冗談はつまらんぞ」
 ここは冷静になって真面目に返すアルゴ。
「冗談じゃねえよ。そうか、疎いもんなお前。知らないのも無理ないか……」
 やれやれと言った表情をするフーレン。そんなフーレンに、アルゴは少しイラッとする。
「まぁ、そういう顔せず聞けよ。『ストロッグ』ってくそでけえ村によ、ヴィレイって男がいるんだ。結構有名だぜ? でけえ村の中でも一番強く、数年前に、俺らよりもでけえ魔を斬り殺したなんて話もある。正直、悔しい話だが勝てる見込みがねえ……。でも、俺はお前ならいけると信じてる。他のだれよりもお前の強さは俺が知ってる」
 さっきまでのテンションはどこへやら。いちいち感情の起伏が激しい男である。しかし、どうやら勝てないと感じているのは事実らしい。ヴィレイの話をするフーレンはどこか悲しそうな瞳をしていた。それに気付かないアルゴではない。
「……。分かった、俺が出よう。だが、ひとつだけ訂正させてくれ」
 そう言うと、フーレンの肩に手を乗せ、また話し始める。
「きっとフーレンが出ても負けなどしない。武を殺めるために使うようなやつには絶対にな。だが、友であるお前の推薦だ。お前の話に乗っかろう」
 不器用ながらも、ニヤッとほほ笑みながらフーレンに言葉をかけるアルゴ。そんなアルゴの言葉に気を良くしたフーレンは、器用にニコッとほほ笑んだ。
「さすがアルゴ、俺の心友だぜ」
「当たり前だ。ここではお前以外に心を開ける者を見つけることはできそうもない」
「へへっ。じゃあ、今日もやりますか。まずは素振りからだぜ!」
 それ以降、二人は多くを語らず修行に打ち込んだ。そして、少々の時が過ぎ、大会当日。『ラモール』代表として出場するアルゴの姿があった。

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 追記:プロローグだけでは初陣には心細いので、初回だけ二話連続更新という形をとらせていただきます。

勇者を求めていざ勝負 

「集まってください二人とも。ほら、喧嘩しない! いいですか、今日はとても重要な修業です。今日は二人に、剣技においての奥義というものを教えましょう」
「奥義!? なんかすごそうじゃん! 奥義ってことはその……真空刃とかでたりするのか?」
「さぁ、どうでしょうね。ですが、それに匹敵するほどの剣技といえましょう。しかし、二人がこの技を習得するのはいつになることやら……。覚悟しておいてくださいね」
「こいつは大技の雰囲気!! なんかすげーテンションあがってきた! って、お前は奥義と聞いてもいつもの調子かよ。もっとなんかリアクションないのかよぉ」
「いや、これでも喜びを表しているつもりだぞ。師匠のことだ、真空刃はでないと思うが……とても興味深い」
 ふふっ。この子たちならきっと大丈夫でしょう。二人とも優しい武を持っていますから……。

                 Episode3 勇者祭開幕

「腐った王が動いてるからそりゃそうだろうけど、マジですげーなぁ。みんな何かしら聞いたことあったり見たことあったりする名前ばっかだぜ。世間的に無名なんてお前だけじゃねえのか」
 魔王を討伐する勇者を決めるために王が開いた大会『勇者祭』。当然、村の者が勇者になるということは、村の価値は上がり、名声も得ることが出来る。村にとっても大きな意味を持つ大会であり、その熱気は尋常ではない。村の代表という重圧、勇者という名の名誉ある称号。こんな特典がついてきてやる気が出ない者などほぼいない。出場者のほぼ全員が眼をギラつかせている。
 そして、そんな空気漂う会場の中でも、平然としながらテンション高くアルゴに話しかけるフーレン。アルゴの影に隠れているという印象を持たれている彼であるが、結局のところ実力者に変わりないのである。
「そうか? 有名だからといって決して実力があるわけではないという証明になる図だろう」
 当然、勇者という名誉や代表という重圧を感じておらず、平然としている出場者も数人いる。アルゴはその中の代表格といえるだろう。しかも、緊張感漂うこの場だ。雑談などしている者はほぼいない。そんな中で言葉を発すれば普段よりも声は通る。つまり、二人の会話は近くに居る数人には筒抜け。今のアルゴの発言で、会場へ足を踏み入れて早々に敵を作るという事態に陥ってしまった。
「にらまれてるぜ俺たち。俺たちって大人数のパーティーとか行ったら絶対怨まれて解散するタイプだよな」
 苦笑いでそう言うフーレン。しかし、そんな空気もお構いなしに、アルゴは表情ひとつ変えずに言葉を返す。
「別に構わない。こいつらとこの先の人生関わっていく気がしないしな。ただひとつ発言するならば……、ここに居ても仕方がない、俺はもう控室に行く。お前は観客席へ行け。それだけだ」
「へいへい……。もうアルゴのファンとかが出来ることはないんだろうなぁ……。ヒール人生万歳!」
 周りはもう二人をうっとうしい敵としか見ていない。本当にたいしたヒールである。アルゴはまったく気にしていないという感じであるが、フーレンはとても気にしている。出場者の熱気には平然としているフーレンであるが、周りからの熱いようで冷たい視線には弱いようで、空気を読んでそそくさと退散する。アルゴもそんなフーレンにため息をつきながら控室に向かう。
 だが、二人は気付いていなかった。そんな一連のやり取りを冷静に観察する一人の男の存在に。
「アルゴ、『ラモール』のアルゴか。やはり山奥の小さな村だ。あんな色物が代表だなんて……。それに、他の出場者もたいしたことなさそうだな。まぁ、僕はこんなところで反感を買うのは好きじゃあないから、あんな大きな声で宣戦布告しないけどね」
 そうつぶやくと、クスッと笑いながらその場を後にする。

 そして、いよいよ『勇者祭』の開幕の時。王が開幕のあいさつをし、社交辞令的な開幕式があげられた。その後、出場者の紹介とともにトーナメント表の発表。なんと、アルゴは第一試合目という結果となった。
「おっ、一試合目からアルゴかよ。多分ブーイング浴びまくりだろうなぁ。まっ、その方が俺ららしいといえばらしいけどよ」
 フーレンはアルゴの試合を見られるのが楽しみで仕方がないという様子。出場するわけでもないのに、そわそわしながら入場を待つ。
 そうしているうちに入場の時となった。大会の実況役といえる人間が高らかに名前を呼ぶ。
「お待たせしました! では早速いきましょう。西より『オルストック』代表、カイン選手の入場です!」
 選手の名前が呼ばれると同時に、観客席から歓喜の声が漏れる。それはもう犯罪レベルにうるさく、フーレンは思わず耳をふさいでしまった。そんな中でも特に女性の声が良く聞こえる。何事かとよく見てみると、カインの顔が整っているではないか。顔が整っているとこれだけの歓声が上乗せされるのか。フーレンはなんだか敗北感を感じ、同時に羨ましく思った。
「続いて参りましょう。東より『ラモール』代表、アルゴ選手の入場です!」
 先ほどとは打って変わり、選手の名前が呼ばれると同時に観客席から怒号の声が漏れる。それはもう犯罪レベルにうるさく、フーレンは思わず耳をふさいでしまった。恐らくさっきの出来事が一気に広まったのであろう。噂の広がりとは本当に恐ろしいものだ。しかし、フーレンは実力者であるがゆえに耳がいい。だからこそ聞こえてしまった。怒号の中に、女性の歓喜の声が混ざっていたことを。よく考えてみればアルゴの顔も整っているのだ。顔が整っていれば多少の悪名があってもカバーされる。恐らく自分ではこうならなかっただろうと考えると、久しぶりにアルゴに対し憤りを感じた。
「けっ、いわゆるイケメン対決かよ。死ね、両方相打ちで死ね!」
 思わず悲しい咆哮を上げたフーレン。しかし、そんな悲しい男は当然相手にはされず、何ごともなかったかのように試合の段取りは進む。
 まず、試合前に両者が向かい合い握手をする。そして、その時に多少の会話が交わされる。
「見ない顔だな……」
 ジロジロとアルゴを見回しながらそう言うカイン。しばらく見回した後、アルゴの目線に自らの目を合わせ、改めて言葉を発する。
「えーっと『ラモール』出身だそうだね。あまり聞かない村だが、その中でも期待されてきたのだろう。でも悪く思わないでくれ、君はここで私に負ける。私と戦えたことを土産と思ってお帰りくれたまえ」
 皮肉交じりのあいさつを交わし、手を差し出すカイン。
「あぁ、そうしよう。だが、試合が土産というのも大変なものだな。これでは、土産で両手がふさがってしまうことになりそうだ」
 皮肉には皮肉で返すのがアルゴ流。そして、何ごともなかったかのようにカインの手を握るアルゴ。少しムッとした顔になったカインであるが、建前の握手を交わし、持ち場に戻る。
「西、カイン選手VS東、アルゴ選手。試合開始!」
 少々の皮肉合戦の後に試合が始まった。まず先手を仕掛けたのはカイン。顔に見合った、きれいで隙のない剣撃を仕掛ける。これに対し、アルゴは剣で受け流すことに徹する。初めはどちらも様子見、カインが攻めてアルゴが受け流す。
「ほぅ、多少は剣の心得があるようだね。私の村の人々は、この段階でみんなギブアップを宣言していたよ。でも、これならどうかな」
 カインの剣速が上がる。そして、それと同時に剣の軌道が変則味を帯び、なおかつ隙のない剣撃に仕上がる。一言で表すならば美しい。だが、反撃の余地を与えないその剣撃に対し、アルゴは顔色ひとつ変えずに受け流し続ける。
「ほぅ、まだ受け流せるのか。しかし、受け流してばかりじゃ試合に勝つことはできないよ。このまま受け流し続けても体力を消耗し、切り刻まれるだけだ。まぁ、それもいいかもしれないね」
 皮肉を口走りながら剣撃を繰り出し続けるカイン。しかし、この皮肉にアルゴは無反応。
「……。これは憶測でしかないが、もしかすると隙なんてものを狙っているのかな? もしそうだとすると、そいつは見当違いだね。私は君に隙など見せはしない。私の剣撃は受け流せばいいというほど甘いものではないのだよ!」
 しばらくの間、カインの剣撃とアルゴの受け流しの合戦が続く。次第に、同じ状態に飽きがくる観客たち。攻めようとしないアルゴに汚いヤジを飛ばす観客も数え切れないほどいた。いや、一回戦の第一試合にしてこの大会上で一番のヒールになったアルゴは、こういう状態になっていなくてもきっと同じ結末にはなっていたのであろうが。
 そんなヤジが飛んでも顔色ひとつ変えずに受け流し続けるアルゴ。そんなアルゴに観客からはため息が漏れていたが、そんな状態を楽しんでいるのは一人……いや、二人。
「なんやかんやで甘いよなあいつは。俺だったら初めの様子見で攻めてたね」
 アルゴの心友として、そして大会の観客として試合を楽しむフーレン。そして……。
「ただの色物じゃあなかったか。もしかすると僕と……このヴィレイと決勝戦で戦うのは彼かもしれない」
 同じ剣士として何か危機感を覚えたヴィレイ。ため息交じりの泥仕合として見られているこの試合をとても真剣に見つめる。
「アルゴとかいう名前だったかな。アルゴ君、君があまりにも攻めてこない、いや攻めることができないからお客さま方が退屈していらっしゃる。そこで私から希望を与えよう。ここはひとつアルゴ君に攻めるチャンスを与えようではないか」
 カインがそう言うと、攻撃を止め素早く距離を取った。そして、何やら構えを取る。
「さぁ、攻めてきたまえアルゴ君。この構えがなんだか分かるかな。居合いだよアルゴ君。私の居合いはだれにも破ることができない自信がある。これ以上の無意味な攻防は避けたいんだ。もう、終わらせよう」
「それがお前の最大の武器か?」
「どうだろうね。でも、そうだったとすればどうなんだい?」
「希望を受けよう」
 そう会話を交わした二人は、これ以上の会話を交わさない。一人は気を読むために精神統一へ。一人は攻めるために構えを変え、初めて相手に向けて気を放つ。この光景には、さっきまでヤジを飛ばしていた観客も息を呑んで展開の行く末を見つめる。そして、あの二人もこの展開に対し異なった対応を見せる。
「ああ見えて本当にお人よしだよなしかし。本来、戦闘なんてものは相手の手の内をさらけ出す前に仕留めちまうのが一番なんだ。なのにお前はそれを引き出そうとする。まっ、そっちの方が両者気持ちいいもんな」
 なんだか心地良さそうな頬笑みとともに、この対決のクライマックスを優しい瞳で見つめるフーレン。
「この試合終わったな。終わった試合なんかに興味はないし先に戻るか……。ちょっとでも長く決勝戦のイメージをしておかないと」
 現在のカインVSアルゴを終わった試合と称し、控室に戻るヴィレイ。アルゴに向けるその視線は、先ほどまで色物と馬鹿にしていた視線とは別物と変わっていた。
 そして、そうこうしているうちに試合は結末を迎えようとしている。息を整えてカインを見つめるアルゴ。そして、次の呼吸と同時にカインの間合いに攻め入る。
 それを迎え撃とうというカインだが、予想外の出来事が起こる。
「き……えた?」
 攻め入ってきたはずのアルゴの姿がない。カインはこの出来事に一瞬動揺してしまった。正直、カインほどの実力者なら気付いておかしくなかったはずなのだ。村の人々を様子見で全滅させてしまうほどの実力を持つ剣技だというのに、それを初見で、何食わぬ表情で見極めるアルゴ。防御がうまい剣士だとしてもこうはいかない。カインは自分の剣技を過信しすぎていた。だからこそ気付けなかったのだ。アルゴは自分の剣技を受けきるので精一杯という意識から生まれる、受け流しながらこういう展開を待っていたという穴に。
 そして、その一瞬の動揺が命取り。カインが次に脳が働いたころには、すでにアルゴの剣が目の前にあった。その狙いは確実に息の根が止まるであろう位置。カインはその一瞬の動揺で、自分の間合いはおろか、アルゴの間合いにどっぷり入ってしまっていた。その一瞬で死を覚悟したカイン。いや、カインには死を覚悟するほどの器量は持ち合わせていなかった。だからであろう、カインは斬撃を受けるその前に意識を失った。
「……。気を失ってくれたこと、感謝する」
 アルゴが斬撃を加えるその前に気を失ったことを察知したアルゴは、剣が当たる寸前のところで剣を止めた。そして、これにて試合は完全決着。おおかたの予想を裏切り、勝者は無名のヒール、アルゴとなった。
 大きなヤジが巻き起こると予想されていたが、その予想も裏切られる。確かにアルゴが勝ち、憎い気持ちはある観客。だが、あんな鋭い剣技は今までの人生においてもだれも見たことがなかったのだ。すなわち、声もでないほど圧倒されたということである。そして、さらに驚くべきことは、この試合、どちらも無傷で決着したということだ。この結果に対し、質問インタビューがとぶ。
「アルゴ選手、見事な試合でした。わたくし、今まで幾度なくインタビューをしてきましたが、戦闘において両者無傷決着など見たこともありませんでした。この結果についてどうお考えでしょうか?」
 そんなインタビューに対し、フーレンはあきれたような声でボソッとつぶやく。
「くだらねえ質問しやがんなぁインタビュアーというやつも。どう考えるもなにも考えるまでもねえだろうがよ」
 それはアルゴも同じだったようで、あきれたというか、怒りの交じった声で質問に答える。
「ともに無傷であるのは素晴らしいことでもなんでもない。見たことがないのはお前たちの怠慢の結果だ」
 予想外の返答に固まるインタビュアー。しかし、そんなことも気にせずにアルゴは会話を続ける。
「だが、質問されたのだからちゃんと答えよう。これは受け売りだが、『だれも傷つかなくてすむのなら、どれだけ回り道になるとしてもその道を選びなさい。そして、その道を誇ったりしてはいけません。それは誇ることでもなんでもなく、当たり前の話なのですから』。これがお前の質問に対する答えだ。俺からすれば、当たり前のことを珍しい物を見たなどと質問した思考について質問したいところだがな」
 このアルゴの皮肉的な態度に会場は静まり返る。そして、インタビュアーもこれ以上アルゴに対し質問をすることはなかった。
 毎試合毎試合そんな調子で試合を積み重ね、とうとうアルゴは決勝戦までコマを進めた。

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我、生を殺めぬ剣士なり 

「西より『コリーナ』代表、アルス選手の入場です!」
 くだらない。こんなもの茶番にもならない。
「東より『ストロッグ』代表、ヴィレイ選手の入場です!」
 こいつが村の代表だって? ふざけるな。僕はこんなやつに時間を使っている暇などない。さっさと終わらせよう。
「おい、あいさつなんて時間の無駄だ。早く試合を始めてくれ。僕はこんなやつに無駄な時間を使っている暇なんてないんだ」
 あぁ、みんな僕を見てる。みんな僕に怒りの眼を向けてる。なんて心地良いんだろう、ゾクゾクするね。そうだよ、反感を買うのはやっぱり剣を握るときだ。僕が今からあの雑魚を一瞬で、華麗に倒したらみんな黙るんだろうなぁ。あのアルゴとかいう男もきっと黙らせたはず。そうだよ、外野の雑魚どもなんて結局は雑魚でしかない。どれだけ失礼な行動を取ったって、剣ひとつで黙らせることが出来るんだ。
 さぁ、そろそろ集中して闘おうかな。だめだ。どれだけ目の前の雑魚に集中しようとしても、決勝戦が楽しみで集中できないよ。きっと天は僕に用意してくれたんだ。勇者になるための最終試練というやつを……。

                  Episode4 奥義

 一回戦と同じように、両者無傷で勝利し、ついに決勝戦にコマを進めたアルゴ。対して、相手は一回戦から瞬殺で相手を斬り倒し、楽々と決勝戦までコマを進めたヴィレイ。互いの傷だけいえばどちらも無傷。さらには、どちらかが息が切れているなんていうこともない。時間を長く使って戦っていたアルゴではあるが、実質的な疲れはほぼないのだ。
 となると、どちらもトーナメント表に救われたとか、どちらかが疲れていたなんていう言い訳もできない。正々堂々とした剣士としての戦いとなる。そんな決勝戦の会場に、二人の剣士が降り立った。
「さぁ、長らくお待たせいたしました。メインイベント! 『勇者祭』決勝戦の開幕です!」
 実況の声とともに会場からは歓声が上がる。両者とも、今まで感じてきた性格でいうと観客は好かない。しかし、単純に見たい。決勝戦まで楽々と上がってきた両者の試合をみたいのだ。これは好きだとか嫌いだとかではなく、単純にどちらが強いのかをみたい好奇心。そういう意味ではヴィレイの言った、観客はしょせん雑魚でしかないから、剣ひとつで黙らせることができるという理論はあながち間違っていないといえよう。
「では参りましょう。こう言っては悪いですが、まさに予想外。言い方を変えるとダークホース! 小さな村からやってきた大きな強者! 西より『ラモール』代表、アルゴ選手の入場です!」
 実況の声とともにアルゴの入場。このとき、すでに一回戦のようなブーイングはなかった。かといってそれほど歓声もない。しかし、歓声がない分、顔で人を選ぶ女の歓声が響く。
「続いて、打って変わって大本命。大都市『ストロッグ』の代表であり、すでに魔狩りの経験も豊富な勇者候補。東より『ストロッグ』代表、ヴィレイ選手の入場です!」
 アルゴと同じく、もうヴィレイに怒りの眼を向ける観客はいなくなっていた。だからといって歓声が少ないのはヴィレイも同じ。しかし、アルゴと同じく顔が整っているために女性の歓声は多少上がる。
「ちっ、なんだよ。イケメンで強いとかどうしろってんだ。イケメンは正義なんて認めねえぞ俺は」
 決勝戦がイケメン対決の時点で何か勘に触る。フーレンは意外とデリケートなようだ。
「さて、これは一回戦からの希望で、ヴィレイ選手が試合開始前のあいさつを好まない……」
 ヴィレイの発言以降、ヴィレイ戦のみではあるが、会場側も空気を読んで試合前のあいさつをしない方向で話を進めていた。しかし、そんな会場側の気づかいを、なんと当事者であるヴィレイがさえぎる。
「待ちたまえ。わがままばかりですまないが、この男とは少し話をしたい。構わないか?」
 元のルールに戻るだけなので、否定することもなくヴィレイの提案を受理する会場側。それを聞いたヴィレイはにこやかにアルゴに近づく。しかし、にこやかにといっても眼はひとつも笑っていない。今にでも斬ってしまうのではないかというぐらい冷たい瞳だった。
「やぁ、アルゴといったかな? 僕はヴィレイ。よろしく頼むよ」
 にこやかに近づき、軽くあいさつを交わした後に手を差し出すヴィレイ。
「あぁ、よろしく頼む」
 そんなヴィレイに対し、何の警戒なく手を握る。
「アルゴ。君はどうして勇者になりたいんだい?」
 ヴィレイの急な質問。
「別になりたいわけじゃない。ただ、こちらにもいろいろと事情というものがある。教える気はないがな」
「ふーん。ちなみに僕はね、勇者になって魔王を倒して人間を救い、歴史に残る。そんな野望があるんだ。そのためにはね、まずは君が邪魔だ。だからもうここで死んでよ」
 ヴィレイはそう言い終わる前に握っていた手を離していた。そして、言い終わると同時、いやもうすでに手は自分の剣をつかんでいる。そして、その剣を勢いよく引き抜き、アルゴに向けて振った。
 この行動に会場はあぜんとなる。そりゃそうだ。勇者を決める大会において、なんとヴィレイは不意打ちをかましたのだ。しかも、ただの不意打ちではない。間違いなく一撃で勝負が決まってしまう不意打ち。
「何をしているヴィレイ! そんなことをすれば当然失格に……」
 慌てて審判がそう言おうとしたが、どうも様子がおかしい。斬られているはずのアルゴからは少しの傷もない。そして、斬って失格になりかけているヴィレイはにこやかに笑っている。
「合格だよアルゴ。そうじゃないと勇者の始まりには相応しくない。おめでとうアルゴ。君は僕の壮大な歴史の一ページに加わることが決まった」
「手厚い歓迎だな。だが、いいウォーミングアップとなった。感謝する」
 そう。アルゴはヴィレイの殺気にすでに気付いており、初めから防御する算段だったのだ。これも決勝戦の醍醐味。戦いは始まる前からすでに始まっているのだ。
「ヴィレイ! 次にこういう行動を取った場合貴様は……」
 怒りを隠しきれない審判。そんな審判を、汚物を見るような眼で見つめながら口を開くヴィレイ。
「こんなことでかっかしてて、よく審判なんて仕事が務まったね。大丈夫、もうしないよ。だからさぁ、そんな無駄な時間を使うんじゃなくて早く始めよ? 僕も剣もウズウズしているんだ」
 そんなヴィレイの言葉に怒りが増すも、確かに審判である自分が冷静でないとならない。そう言い聞かせ持ち場へ戻る。
「では、試合を開始する。西、アルゴ選手VS東、ヴィレイ選手。試合開始!」
 いろいろと一悶着あったが、無事に試合が開始される。間合いを取り、互いに息を整える。そして、まず先手を打ったのはヴィレイ。先手が相手で受けがアルゴというのは、もう見なれた構図だ。だが、いつもと違う事柄がひとつ。
「アルゴ。君は自分の力を過信しすぎじゃあないかい? このヴィレイ相手に受け流しだけで戦えると思ったら、それは……とんだ勘違いだよ!」
 ヴィレイの鋭い斬撃がアルゴを襲う。いつもなら軽々と受け流しているアルゴではあるが、ヴィレイ相手だとそうはいかない。かすり傷ではあるが、アルゴの受け流しをかいくぐり、ヴィレイの剣がアルゴを襲う。
「ふふっ。アルゴの無傷記録……ここで途絶えたね」
 自信気にそう言うヴィレイ。しかし、そんな言葉にアルゴが皮肉で返す。
「馬鹿を言うな。無傷記録だかなんだか、そんなくだらん記録はどうでもいいが、そんなものとうの昔に途絶えている。お前の言葉をそのまま返そう。自分の力を過信しすぎると足元をすくわれるぞ」
「意外としゃべるんだね。確かにどうでもいいことだ。でも、僕の優勢に変わりはない」
 攻め続けるヴィレイ。次第にまたアルゴの受け流しをかいくぐるチャンスが生まれてくる。そこを見逃すはずがないヴィレイ。さきほどのようにアルゴに斬撃を加えようと剣を振る。
 しかし、なにやら様子がおかしい。というより振ってはいけない。ヴィレイの本能がヴィレイの脳にそう伝達した。
「くっ!」
 何か危険を感じ取ったヴィレイは、優勢であったにもかかわらず一度身を引いて間合いを取る。このヴィレイの行動に会場は疑問を抱く。しかし、どうやらこのヴィレイの本能は事実を伝えていたようだ。
「よく気付いたな。そこで俺を殺めようとしたならば、この試合は俺の勝ちだった」
 アルゴがニヤッとした表情でそう言う。この表情はヴィレイにとって屈辱にうつったらしい。
「当たり前だ。もう一度さっきの言葉を君に贈ろう。力の過信もほどほどにしろよ! お前が僕を下に見ていいはずがない。歴史の一ページは一ページらしく無残にやられて残れ」
 言葉の勢いそのままに、攻めに転じようとするヴィレイ。しかし、先ほどと今との変化に気付き、攻めを止める。
「アルゴの構えが変わっている……。試合も終盤ということだね」
 そう、先ほどの剣の構えとは違う構えをアルゴがとっていたのだ。
「さっきまでの構えは受けに徹する構えだったからな。攻撃はカウンターしかなかった。だが、この構えは違う」
 そう言うと、剣の行き先をヴィレイに定める。
「攻守交代だ」
 この構えはすべての試合で見せている構えであり、それほど驚くことではない。だが、ヴィレイはこの構えの本質を知らなかった。ヴィレイはアルゴの試合の結末を見たことがなかったのだから。
 そう言ったアルゴは、ひとつ呼吸を整えると、またたく間のうちにヴィレイの間合いへ入り込む。
「ぐっ! なめるなアルゴ!」
 そして、攻撃にうつるアルゴの斬撃をなんとか受け流していくヴィレイ。だが、アルゴの斬撃は予想以上に鋭い。このままでは遅かれ早かれヴィレイの体に傷がつくのは避けられない。しかし、そんな簡単に傷をつけられるようなヴィレイではない。

 ――今までこんなピンチは幾度なくあった。何年前かのあの魔か、一日も欠かさなかった日々の稽古か。なめるなよアルゴ、僕は勇者になるんだ。勇者になって魔王を倒し、永久に歴史に残る。僕の叙事詩が生まれるんだ。なのに……僕はまだ始まってもいない歴史で幕を閉じるつもりはない。僕はあの人のような歴史は繰り返さない――

 ヴィレイは見つけた。この攻撃には隙がある。ないように見えてもある。剣士の戦いは隙の探り合い。どちらかが決定的な隙を見つけ、それをつくことで試合は決する。そしてヴィレイは見つけてしまった。ほんの一瞬、一コマしかない隙ではあるが、ヴィレイは見つけてしまった。
「ただの踏み台が調子にのるな!! 僕はヴィレイ、勇者ヴィレイなんだ!!」
 ほんとうに一瞬。そんな細かい隙をついた斬撃。ヴィレイは殺すつもりで斬りかかった。それほどの気迫と覚悟をアルゴに浴びせる。しかし……。
「なっ! ……アルゴぉぉぉ!」
 アルゴはさらに一枚上手だった。正直、アルゴ自身も自分にそんな隙があることに気づいてはいなかった。しかし、ヴィレイから漏れる微かな殺気で隙があることに、隙をつかれようとしていることに気付いたのだ。そして、隙を見つけてしまったことにより表に出てしまった高揚感。油断から漏れる殺気。そんな微かな殺気が漏れてしまっていたヴィレイの一撃に合わせ、バックステップで回避する。
 この瞬間。斬りかかったヴィレイには分かりきっていることであるが、ヴィレイに回避不可の隙ができる。ヴィレイは、そんな隙を回避することを諦め、最後の悪あがきに防御を固める。この防御は多少のダメージは捨てた構え。急所だけは狙わせないための応急処置といえる構えである。だが……。
 結果から説明すると、アルゴの剣はヴィレイの体を斬ることはなかった。代わりにヴィレイの剣が宙を舞う。
「くっ……」
 アルゴはヴィレイの剣を弾き飛ばした。これで、ヴィレイの手には剣士の心である剣がない。勝負ありといっていいだろう。
「どうやら終わりのようだなヴィレイ。ここらへんでギブアップを宣言するのが利口だと思うが」
 アルゴがヴィレイにそう告げる。だが、ヴィレイは余裕なさそうに苦笑いを浮かべながらもアルゴに反論する。
「そんなお決まりのセリフをはく前に斬りつけるべきだと僕は思うけどね。僕に体術の心得があればまだ勝機はあるが、残念ながら戦いに持ち込めるほどの体術の心得はない。ははっ、今度からは体術も修行に加えないとね。でも、僕はまだ負けていないよ。さぁ、僕を斬るんだアルゴ。じゃないと君は勝ったことにならない」
「……」
「残念ながら僕はギブアップはしないよ。負けるなら負けるで心の傷でも負わせてやるさ。さぁ、盛大に斬るがいい。だが覚えておけ。このヴィレイ、絶対にこのまま終わるつもりはない。こういう経験も別に構わないさ。英雄の歴史の初めに敗北はつきものだ」
 ヴィレイは覚悟を決めた。ここでどれだけ鋭い斬撃をくらったとしても死ぬつもりは毛頭ない。ヴィレイは確信していた。いや、どれだけの斬撃をくらっても生き延びる執念が自分に備わっていることを信じているのだ。
 ヴィレイの覚悟に対し、アルゴは剣で答える。アルゴの構えは攻めの構え。ヴィレイを斬る覚悟をアルゴも決めたということだ。この一撃を会場は息を呑んで見守る。だが、そんな緊迫した会場で、高揚を隠せない男が一人。
「さぁ、ここだぜアルゴ……。ここがお前の、いや、俺たちの奥義が光る場所だ」
 迷いなく一直線に間を詰めるアルゴ。素早く剣を抜き、素早くヴィレイの体を斬った。
 崩れるように地に倒れるヴィレイ。勝負ありだ。ヴィレイが倒れた瞬間、会場側の人間が数人ヴィレイに近寄り、生死の確認を取る。しかし、ヴィレイの思わぬ状態に、ヴィレイの下に集まった数人の人間みんなが驚いた。
「血が……血がひとつもでていない……」
 この発言には会場全体がざわついた。観客も、そばで見ていた審判も見たのだ。アルゴがヴィレイを斬りつける瞬間を。確かに、どのようにして斬りつけたのかはアルゴの剣の早さゆえに分からなかった。そして、斬りつけた瞬間に血が出たという確認もなかった。だが、奇妙なことに、なぜかヴィレイの体には打撲が残っていた。
「どういうことだアルゴ選手」
 審判が冷静を装いながら質問する。それに対し、またあの皮肉が入ったニヤッとした笑顔で答えを返す。
「安心しろ。少し打撲は負ったかもしれんが命にも後遺症にも別状はない。俺には師匠がいてな、その師匠はだれよりも優しい剣士だ。そんな師匠は俺に剣技で最も優しい奥義を教えてくれた」
「もしや……」
「あぁ、きっとそのもしやは当たっているさ」

           ――剣技で最も優しい奥義『峰打ち』だ――

 この答えに対し、他の者は何を言うこともできなかった。
「勝者! そして『勇者』の称号は『ラモール』のアルゴ選手に決定しました!」
 この決着にはさすがの会場も大いに沸く。アルゴに大きな歓声が上がったのはこれが初めて。そして、それと同時に、アルゴは『勇者祭』に優勝。すなわち『勇者』の称号を手に入れた。


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頂点の先に 

 これは賭けだった。もしかすると暴動なんて起こっちまうかもしんねえ。でも、俺はアルゴに賭けてみたかった。
 俺じゃあ賭けの盤上にも立つことはできねえ。それはアルゴとヴィレイの戦いを見て、よりいっそう感じた。だけどよアルゴ。お前は頂点に立ってもまだ戦わなくちゃならねえんだよな。よく考えたら結構むちゃな話をしちまったよ。でも、なんかお前ならって気になっちまうんだよな。でも大丈夫。やばくなったらどんなことになろうとも俺はお前を助けに行くから。
 とりあえずお疲れさまだぜアルゴ。これが終わったらとりあえず師匠に報告だな。きっと怒られちまうぜ俺たち。まぁ、それも慣れっこだよな。
「さすがアルゴ、相変わらず底なしの強さだ。そりゃそうだよな、だってお前の強さは師匠のお墨付きだったもんな……。いや、それは関係ねえや。俺はお前なら大丈夫だと思ってたよ」


                 Episode5 反勇者

勇者祭』に優勝し、勇者の称号を手にしたアルゴ。いや、今から手にしようとする、まさにその瞬間である。出場者と観客、さらには世界の偉い者も集まり、盛大に授与するようだ。
 さらに驚くことに、その称号の言葉は王が自ら言い渡すようで、ヤジも歓声もあげられる雰囲気ではなかった。いろいろと偉い者の賛辞の言葉などが響く会場。そんな言葉をアルゴは黙って聞いている。だが、いよいよ王がアルゴに『勇者』の称号を言い渡さんとするとき。そんなときに異変は起こった。
「では偉大なる実力者であるアルゴよ。貴殿は『勇者』となり、人間のために魔を滅ぼす英雄となることを、この王に誓うか?」
 王がアルゴに告げる最後の言葉。この言葉に対し、アルゴはいつものニヤッとした表情を浮かべる。
「誓わない。こんな馬鹿げた称号は俺には必要ないのでな」
 これにはさすがに会場も大きくざわつく。偉い者たちも動揺を隠せない様子だ。
「……。もう一度聞くぞアルゴよ。貴殿は『勇者』となり、人間のために魔を滅ぼす英雄となることを、この王に誓うか……?」
 さすがは人間を束ねる王といったところであろうか。同じ偉い者でも器の大きさが違うのか、冷静に現状を把握し、それを踏まえたうえでアルゴに聞きなおす。
「ならば俺ももう一度言おう。こんなふざけた称号のために誓う気など俺にはない」
 おうむ返しのように王に対し返答するアルゴ。これには王も怒りを隠せない。
「これはいったいどういうことかな? 貴殿はこの王を馬鹿にしたいということか?」
「別に俺はあんたを馬鹿にする気などはないさ。ただ『勇者』という称号がいらないと言っているだけだ」
「ほぅ……。どうして貴殿は『勇者』が不服と申すのかな?」
 王は怒る気持ちを抑える。まずは、なぜ『勇者』が不服なのかを聞き、様子見をすることにした。これで変な理屈だったら喝を入れ、アルゴを更生させることで、王としての威厳をさらに高めようと考えているのだ。
 そんな王の考えに対し、アルゴはその言葉を待っていましたと言わんばかりに語り始める。
「なら存分に意見を言わせてもらおう。そもそもだ。なぜ魔が悪で人間が正義だといえる? 歴史上、まず攻撃を仕掛けたのは人間だ。その復讐をされ、人間と魔は争っている」
 淡々とそう語るアルゴ。だが、いきなり雰囲気が変わる。アルゴに似つかわしくない、熱のこもった声色で語り始めたのだ。
「お前らは、なぜだれも魔に歩み寄ろうとしなかった? お前らは力におびえ、愚かな行動をしたんだ。なのに、なぜそのような愚かな行為を正義にしたがる。勇者なんてその骨頂だろう。お前らはただ、正義の罪を『勇者』という形で神格化したいにすぎん。今の俺たちに正義だの悪だの能書きを垂れることなどできない。俺たちは魔のことを知らな過ぎるんだ」
 会場が凍りつく。会場のだれもがアルゴの言ったことを理解することはできなかった。それもそのはず。この世界の人間は、魔は悪として徹底的に教育されてきている。それを否定されても理解を示すはずがない。
 この反応に対し、王はまた余裕を取り戻したように笑みを浮かべる。
「どうだねアルゴよ。これが人間総意の意見だよ。貴殿の意見は、ひねくれた反抗にすぎないということが……」
「どけ雑魚ども!!」
 王が話している言葉にかぶせて、会場側から大きな声が聞こえる。せっかく気持ちよく論そうと思っていたところを邪魔された王は、不機嫌そうな顔をしながら声を上げた場所を向く。すると、会場の人間をかきわけてこちらに向かってくる一人の男の姿があった。
「アルゴ。君がそんな馬鹿げた夢物語を語る人間だとは思わなかったよ。俺たちは魔のことを知らな過ぎる? 当たり前だろう、俺たちは人間なんだ。人間なんて人間のことすらよく知らない。魔だって俺たちのことなんかよく知りはしないさ。だから争うんだよ。人間は人間の英詩を掲げることしかできない。魔だって魔の英詩を掲げることしかできない。英詩をぶつけ合い争いが起こる。そんな人間の英詩の代表が『勇者』だ。魔の英詩の代表が『魔王』だ。勇者の英詩は人間の英詩。人間が魔を滅ぼすことを正義としたならば、人間にとって魔は悪。そんな当たり前の話を、堂々と馬鹿げた夢物語で返してくるなんてがっかりだ。アルゴ、君に勇者は不十分だ。さぁ、第二ラウンドといこう。今度は躊躇なくお前を殺す!」
 長々と大声を上げて叫びながら、人々をかきわけ進むヴィレイ。峰打ちで打たれた打撲は痛むが、そんなことを気にしていられるほどヴィレイの心は冷静ではなかった。自分を倒した男は、こんな夢物語を語る馬鹿な男だったのか。そんな残念な心境がヴィレイの体を突き動かす。
 そして、アルゴの間合いへ入ると同時に、素早くアルゴに斬りかかった。しかし……。
「お前の言いたいことはよーく分かるがよ。いつ俺たちがそれを確かめたんだよ? 確かめもしてねえうちに夢物語だと決めつけるお前の方が、俺には夢物語に聞こえるぜ」
 ヴィレイが放った怒りの剣は、残念ながらアルゴに届くことはなかった。その剣を止めたのは……。
「やっぱこうなっちまうよな。アルゴ、助太刀に来たぜ」
 ヴィレイの剣を止めたのはフーレン。この状況にヴィレイが驚く。
「アルゴ以外が僕の剣を止めた? それも小剣だと……。それに、いくら周りが見えていなかったといえ、この僕が気配を感じなかった。お前はいったい何者だ?」
 何者だ? と聞いたヴィレイであるが、片隅の記憶の中に一滴の見覚えを感じた。その一滴をすくってよく考えてみる。そうすると自ずと答えが導かれた。
「何者? いや、見覚えがある。確かお前は、アルゴの付添いの猿顔!」
「猿顔は余計だぞ青髪色男。まず、気配に関してはお前の気配りミスだ。俺がすげえわけじゃねえ。だがよ、小剣を馬鹿にすんじゃねえ。小剣は小せえけど使い方によっては剣にも負けねえ強度を持つ。それに、小剣は存分に小回りが利くんだ」
 ヴィレイをにらみ付けながらそう言うフーレン。いつもの穏やかな表情はそこにはない。
「くっ……。まぁいい、そこをどけば見逃してやるぞ猿顔。邪魔をするなら斬るまでさ」
「やめとけ色男。打撲を負った傷持ちのお前となら、俺だって遅れを取る気はねえよ。それに、別にこんな争いがしたくて起こした騒ぎじゃねえ。ただ、気付いてほしかったんだ。『勇者』なんて都合のいい十字架背負って魔を裁くなんて、心の底からくだらねえじゃねえかってな」
 もともとは、ただ単に腐った王のもくろみをぶっつぶそうという計画だったのだが、こんな状況になってそんなことは言えないフーレン。なので、とっさに場の流れと話の流れをくみとり、もっともらしい理由をつけた。猿顔という欠点を除けば、空気が読めて器用と、けっこうできる男である。
 これに対し、ヴィレイはひとつため息をつき、剣をおさめる。
「もういい。君たちにはあきれたよ。それはしょせん十字架を背負うことをくだらないと考える人間の勝手なエゴだ。それを好んで背負う人もいるということを忘れてはいけない。でも、君たちのおかげでひとつ……」
 ヴィレイが言葉を言い終える前に、我慢の限界に達した男が一人。声を荒げて叫んだ。
「貴様らはだれの前で、だれを無視して話を進めておる! わしは人間を統べる王、グラン王であるぞ!!」
 自分の存在をアピールするために大きく声を上げるグラン。そんなグランに対して、真っ先に対応したのはヴィレイ。グランは王。つまり、人間の頂点にいるはず。しかし、そんなグランを汚物を見るような眼で見つめながら言葉を返す。
「今から王であるあなたに話しかけようと思っていたところなんですよ。それでその内容なんですがね。どうやらアルゴは『勇者』を辞退する意向のようです。だから、その『勇者』の称号を僕にください。というより、勝手に名乗ります。今思えばバカバカしい話でした。どうして他人からもらう称号で満足しようと思ってたんだろうって。僕は『勇者』なんて称号をもらわなくても実力で勇者になる。勇者が称号である必要なんてないんです。実力で魔を裁き、自らの力で勇者になる。まぁ、ネーミングだけは気に入ったんでいただいておきますよ」
 これには、グランもアルゴもフーレンも、だれも言い返すことはできなかった。そんな状況が気に入ったのか、ヴィレイはさらに話し続ける。
「アルゴ、ついでに猿顔。今日から僕と君たちはライバルだ。僕は勇者として魔を裁く。魔が実はいい族だったなんて関係ない。無慈悲に裁くよ。君たちはそれが間違っていると言うんだろ? でも、君たちはまだはっきりとした答えを手にしていない。だから、はっきりとした答えを手に入れたのちに僕を止めてみろ。反勇者として、勇者である僕をね」
 自信満々にそう言ったヴィレイ。クルッと体の向きを変え、三人に背を向ける。
「そうと決まれば時間がもったいない、僕はもう行くよ」
 そう言い、その場から立ち去ろうとするヴィレイ。しかし、何か言い忘れたことがあったかのように、また三人の方を向き、グランに目を合わせる。
「おっと、言い忘れていました。王よ、必ずやこの勇者ヴィレイが魔王を裁いてきます。その日まで、のどかなパラダイスライフを過ごしながらお待ちください」
 そう言うと、ヴィレイは本当にその場から去ってしまった。こうなってしまっては『勇者祭』はむちゃくちゃ。アルゴとフーレンも、これ以上居座ってもどうにもならない。そう判断して、ヴィレイの後に続くようにその場を去った。『勇者祭』に残ったのは会場のあぜんとした顔と、グランの怒りに満ちた表情のみ。
 『勇者祭』はむちゃくちゃに終わった。だが、とうの目標である、魔を裁く代表の勇者はちゃんと生まれた。だからこそグランは言い返さなかった。そう、目的は達成されたのだから。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

訂正。Episode2にて、ヴィレイは過去に倍ほどの大きさのある魔を斬り殺したと書きましたが、倍はよく考えたら言い過ぎました。ですので、人間よりも大きなという表現に訂正させていただきます。


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人間と魔の共存を信じて 

「王子よ、ただいま帰った」
 くだらん。なんとくだらん連中だったのだ。
「お帰りなさいませグラン王。どうでした? 勇者は旅立ちましたか?」
「うむ。いらいらさせてくれる男ではあるが旅立ったぞ。これで魔は勇者に気を取られるであろう」
「それはそれは……でもいいじゃないですか。それぐらいの人間であるほうがかえって好都合。私たちにも慈悲の心くらいはありますからね。それを持つ必要もない。どうせ、勇者は私たちの手のひらで踊る人形のようなもの。時を待とうじゃありませんか」
「うむ。そうであるな」
 そうだ。この王がいらいらする必要など微塵もない。どうせやつらなど我らの人形なのだ。アルゴの存在は予想外ではあるが、危惧する必要もあるまい。すべては計画通り。これからの世の流れが楽しみなものよ。
 ヴィレイよ、わしはのどかに待とうではないか。しかし、最後に笑うのは勇者であるお前ではない。王であるこのグランだ。せいぜいその時まで魔に敗れることなく、勇者として名をあげることだな。

                 Episode6 アルゴの決意

 『勇者祭』のごたごたに対し、疲れた表情でその場を後にしたアルゴとフーレン。アルゴはいつも通りの平然とした顔であるが、もともとの首謀者であるフーレンはものすごく疲れた様子だ。
「なんとか終わったなアルゴ。しかし、やっぱ思いつきで行動するべきじゃあないな。えらい目にあったぜ」
 愚痴をこぼすようにアルゴに話しかけるフーレン。
「そうか? 俺にとってはとても有意義な時間だった」
 そんな愚痴に対して反論で返すアルゴ。フーレンは、ただ愚痴を聞いてもらって心を休めようと思っていただけなのだが、こうなってしまっては対話をするほかない。
「なんでだ? あっ、もしかしてヴィレイのことか? あいつはよぉ、初対面で猿顔ってなんだよったくよぉ。イラッときて悪口で返そうとしたんだけど、あいつ見た目整ってるから反論できなかったぜ。何が色男だってな。褒めてどうすんだよって心の中でつっこんだわ。でも、あいつのおかげで、たくさん人がいるなかでかっこつけられたからよしとしてやるぜ」
 どうやら疲れとイライラが同時に混合しているらしい。対話をしようとはするものの、しゃべりだすとどんなことでも愚痴につなげたくなってしまうのがいい証拠だ。こんなフーレンに対し、アルゴも思わず苦々しい顔になってしまう。
「おっ、すまんすまん。でっ、何が有意義だったんだ?」
 そんなアルゴに気付くフーレン。仕切りなおして対話を続ける。
「あぁ。確かにヴィレイもそのひとつではあるが、おかげで決心がついたんだ」
「決心?」
「俺は村を出る」
 アルゴの言葉に言葉を返すことができないフーレン。ひとつ生唾を飲み、呼吸を整え、再度質問を試みる。
「村を出るってまたなんで? もしかしてヴィレイにライバル意識が芽生えたとか?」
「……。フーレン、お前が言ったんじゃないか。確かめもしないうちに夢物語だと決めつけるなと。そしてヴィレイは言った。はっきりとした答えを見つけたのちに止めてみろと。そのとき気付いたんだ。俺は人間と魔は争うべきではないと思っている。それは今も変わらない。だが、俺は魔のことをあまりにも知らない。確かめもしないうちに言っていい言葉ではなかった。だからこそ俺は見極めたい。俺の目で人間と魔を見極めたいと思ったんだ。だから俺は村を出る」
 アルゴのその言葉に、さっきまでの疲れやイライラといった感情が吹き飛ぶ。そして、キャラを切り替えるように鋭い目つきへと変貌する。たまに現れるシリアスフーレンとでも呼ぶべきだろうか。
「そ……っか。いや、それが一番だ。てか、なんで今までそうしてこなかったのかが逆に不思議だわ。やっぱ何事もきっかけって必要なんだな。結局俺たちも馬鹿だったな。魔を裁くことが正義だなんて語ってるやつらを見て、それを心の中で馬鹿にして、俺はお前らとは考えが違うんだぞ……なんて思いながら過ごしてきたが、なんもしてねえじゃん俺ら。口ではペラペラそれらしいこと言ってた癖にな。でも、やっぱ俺はお前のこと好きだぜアルゴよ。行って来い、土産話楽しみにしてるからよ」
 精一杯の笑顔でアルゴにそう言うフーレン。笑顔ではあるが、それは精一杯の作り笑い。確かにアルゴの選択は何も間違ったものではないとは分かっている。だが、小さいころから楽しいことも悲しいことも、ずっと人生をともにしてきた心友なのだ。そんな心友とのしばしの別れに、100%の笑顔で送り出せるほど強い男でもない。
 そんなフーレンの言葉に、いつもの皮肉めいたニヤッとした笑みではなく、心からの笑みが生まれるアルゴ。だが、アルゴにはひとつ気になることがあった。
「フーレン。お前は行かないのか?」
 もっともらしい疑問をフーレンにぶつけるアルゴ。
 そんなアルゴの質問に対し、照れくさそうな顔をしながら答えるフーレン。
「俺も行きたいさ。けどよ、俺とお前が両方居なくなったらだれが村のやつら守れるんだよ。俺だっていつも村人に対してうだうだ言ってるけど、師匠が亡くなって、また身寄りがなくなった俺たちを育ててくれたのはあいつらだからな。俺はそんな村を見捨てることはできねえ。それに、師匠の墓に水をやるやつもいなくなるし、もしかしたらだれかに壊されてしまうかもしれねえんだぜ。そんな恐ろしいことは起きてほしくない。だから俺は村で待つよ。いい役割分担だろ?」
 そんなフーレンの言葉に、アルゴはまた微笑んだ。
「つまらない質問だったな。お前と出会えたことは人生の宝だと誓おう。これがきっと第二の人生というやつなのだろうな。俺もお前も動き始める。お前と、師匠と過ごした……俺の素晴らしき平凡な人生は、しばしの間お預けだ」
「当たり前よ。しばしの間お預けでも、そんな素晴らしき平凡な時間があったことにかわりねえ! ……うーん、なんか照れくさいし師匠に報告といきますか!」
「そうだな」
 互いの仲の深さを確認。そして、自分たちの考えを確かめに行くため、二人はしばしの間、別々に生きることに決めた。アルゴは人間と魔を見極めるために旅へ。フーレンは、アルゴがいない間、村を守り師匠を守る決意を。もし、どれだけ長い年月が流れての再開だとしても、またこの二人が出会うときはいつもと変わらぬ心友として出会うのであろう。
 そして二人は、そんな二人をつないだ師匠。といってももう亡くなっているのであるが、二人の中ではいつまでも師匠であり続ける師匠の墓のもとへ向かうのであった。


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師匠の教えは永遠に 

「ヴィレイ、どうにか勇者になれたようね。だけど、あんなふざけた連中に勇者になられずにすんで本当に良かった。それにしても、どうして負けてしまったの? 油断かしら」
 油断? 自分の母さんとはいえ何を見当違いなことを。そりゃ、あの人と結婚するはずだね。僕が母さんに感謝してることは僕を生んでくれたことだけだよ。
「本当だね母さん……。僕は明日にはもう出発するよ。次に帰ってくるときは叙事詩のような英雄になって帰ってくる。絶対にあの人のような結末にはならない」
「ヴィレイ……あなたはまだ父のことをあの人と……」
 当たり前だ。どうしてあの人を父さんなんて呼べるのか気がしれない。僕は恥ずかしくて言えないよ。英雄になり損ねた凡人なんて滑稽でしかない。英雄を夢見るのは悪いことじゃない。だけど、夢を追って敗れたら笑いものでしかない。
「それはもういいじゃないか……。すまないが僕は寝させてもらうよ」
 僕は勇者だ。この時点であの人よりも英雄に近い位置にいる。実力もないくせに英雄を夢見て、僕たちを置いて……。ちっ、旅立ちの前にいらないことを思い出してしまった。ここで暮らす最後の日だけど、今日はもう寝よう。今はあの人のことなんて考えている場合じゃない。ようやく僕の叙事詩が始まるんだ。しかも、叙事詩には欠かせないライバルまでできた。
 ねえアルゴ。僕はもちろん、君もきっと旅に出るだろう。そして、旅の中でいろいろな経験を積むだろう。そしたら、僕はいったい、君はいったい、どうなるんだろうね。何かの拍子に考えが変わってしまったりするのかな。でも、それじゃあつまらないよね。僕たちには目標は違えど揺るがない意志がある。きっと僕たちは交じわらないよ。人間と魔の英詩がぶつかり合うように、きっと僕たちも何度もぶつかり合う。だからアルゴ、そのときこそ僕が君を殺してあげる。一度目じゃだめなら二度目、二度目がだめなら三度目。いつか僕がアルゴを超える。僕はそれが楽しみで仕方ないんだ。

                  Episode7 旅立ちの時

「師匠。俺たちは第二の人生へ旅立つことにした。師匠の教えである善と悪の見極めを、今から長い時間をかけて見つけていこうと思う」
 師匠の墓の前で手を合わせながら拝む二人。そして、二人は毎回のように、師匠が亡くなってからの自分たちの生い立ちを語る。これは毎回行っているもので、墓参りをするたびに語りは長くなる。これをやりだしたころは数分もすれば終わっていたが、今では数時間以上の時間を要する。しかし、二人はそれを一度もめんどくさそうにおこなったことはない。二人にとって、これほど素晴らしい平凡な時間はないと感じるほどである。
 長い語りを終え、また師匠の墓に水をかけ、拝む。
「当分、師匠の墓参りができなくなるのは寂しいな」
 悲しげな瞳でそう語るアルゴ。
「大丈夫だって、お前の分も精一杯やるよ」
 なだめるフーレン。これはいつものことであるが、師匠の墓参りに来ると互いの口数が極端に少なくなる。師匠の墓に来ると、余計に師匠のことを思い出してしまうのだ。
「それにしてもあれからもう何年たったんだろうな。俺たちも大きくなったもんだよな」
 ふと、思い出したかのようにフーレンがアルゴに話しかける。
「……。十二年と二十日だ」
 重々しくアルゴが答える。これにはフーレンも失言したと気づきうつむく。
「すまん……」
「いや、謝ることではない」
 また沈黙が続く。そして、またフーレンが口を開く。
「そういえばよ、成長したといえば本当に成長したよな。俺、まさかあの腐った王を前にして暗殺に動かないとは思わなかったよ。俺自身びっくりした」
「むやみな殺生は何も生まない。これも教えのたまものだろう」
「いや、だってよぉ。正直、むやみでもなんでもないぜ……だって……」
 何気なく語ろうとしたフーレンだが、ハッと我に返り言葉を止めた。自分は一体何を掘り返そうとしているんだろう。悲しみと怒りが混ざり合う瞳のアルゴを見て、フーレンは大きく後悔した。
「……。正直に言うと俺も驚いたさ。フーレン、きっと俺たちにはまだ迷いがあるんだ。復讐に酔って殺してしまうのはきっと簡単だろう。だが、それでは俺たちもあの腐った王と何も変わらなくなる。もし、あの腐った王を殺すときがくるとすれば、俺たちが何かを見極めたときだ。おそらくまだ、そのときではないのだろう……」
「そのとき……か」
 そうつぶやくと、遠い目をしながら空を見るフーレン。何かを思い出しているのであろうか。
「帰ってこいよ……。お前まで死んじまったなんてなったら、俺はもう耐えられねえ。だから帰ってこいよ。そんでまた、いつか一緒に報告しよう。俺も師匠も、お前の旅で見つけた見極めってやつを楽しみに待ってるよ。そりゃ、俺は俺で何か報告できることを見つけるけどな」
 そう言うと、アルゴの方を向いて、アルゴに手を差し出すフーレン。これぞ、友情の握手というものなのだろう。この握手には、『勇者祭』の試合前に行う儀式的な握手では到底およばないほどの重みがつまっている。
「あぁ。お前を残して死ねるほど俺は薄情ではない。『約束』だ」
 そんなフーレンに対し、きっとこれはフーレンにしか見せないのであろう。そんな勇ましい表情で手を握り返すアルゴ。この表情だけで、フーレンのことをどれだけ大事に思っているかがわかるというものだ。
 そしてアルゴは旅立った。自らの考えを見極めるために魔を知る旅にでた。

 ――どうしてみんな魔を悪と決めつけるのだろう、俺たちは魔のことを何も知らないのに。どうして魔を裁けるのだろう、攻撃を仕掛けたのは人間なのに。ヴィレイははっきりと魔を悪だと断言した。だが、あいつにはあいつなりの考えがあり、ぶれずに動いている。きっとヴィレイは見極めているのだな。だからあれだけはっきりと動ける。俺も見極めなければならない、それでようやく対等に意見を言える。だが、見極めたとして、きっと俺とヴィレイは交わらない。そのときは……戦うしかないのか――

 すべては叙事詩に残る英雄となるために。人間を代表し、魔を、いや、魔王を裁く勇者ヴィレイ。魔のことをもっと知るべき。そして、魔のことを知った上で、争いではなく共存できる道が生まれることを信じる。人間からすれば「道」から外れたはみだし者である反勇者アルゴ。そんな交わろうにも交わることのない二人の旅が、今始まった。


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二年の月日を振り返り 

「……」
「……」
 二年ほど前に旅に出てから、俺は驚かされてばっかりだ。だが、今回ほど驚いたことはない。
 同じようなケースは過去に一度体験した。しかし、これは決定的に違う何かだ。もしかすると、俺と同じような考えで旅に出て、自分なりの答えを導き出した人間はたくさんいるのか……? そして、そんな人間と同じような考えを魔が持ち、そんな両者が出会った……。
 いや、これはただの仮説でしかないな。だが、他に考えられることなど突然変異ぐらいしかない。いや、それでは考えが非効率すぎる。となるとやはり……世界は俺が思っていたよりもはるかに大きな歴史が刻まれているということなのか。

               Episode8 アルゴの二年間

 アルゴが旅に出てから、約二年の月日が流れた。これは、そんなアルゴが経験した二年間で、もっとも印象深かった出来事である。

 『ラモール』を旅立ったアルゴは、一年ほどの間にいろいろな経験を積んだ。自分の知らない魔の類なども把握し、それがどういう風な行動を取り、どういう風に生きているかなどの観察も欠かさなかった。
 時には、人間と魔との醜い争いも目にした。このとき、アルゴは争いを止めることができなかった。が命をかけて争い合う。そんな争いの中で、自分の力で両方の争いを止めることなどできはしない。だからこそ、自分はどちらの味方をすればよいのだろうと迷っていたのだ。しかし、アルゴにはどちらの味方もできない。アルゴは人間魔族の見極めがついていない、まだ迷いのある優柔不断な存在である。だからこそ、アルゴは止めることができなかった。そんな自分の無力さを痛感したこともあった。
 そんな一年を経て、アルゴは現在『ポルッカ』という村に滞在している。そんな村で、アルゴはある情報を手にした。
『ポルッカ山には強力な魔が住みついています。入るときは重装備で、そして命の保証はできないことを警告しておきます』
 アルゴはこの一年で、まだ強力な魔を目にしたことがない。そんなときに手に入った情報、人間の所有地の山に住みつく魔。これは、魔がどういうものか確かめるのにとても適した状況。人間目線で考えると、人間の山を奪い取る悪い魔とも推測できる。だが、もともとは魔の山だったのを、人間が奪い取ったものなのかもしれない。大きく視野を広げるとそういう推測もできる。さらには、強力な魔というくらいなのだから、魔王のように言語を話すこともできたりするかもしれない。いろいろと考えていくと、アルゴにとってとても興味深いものとなる。
 そうなると急ぐが勝ち。さっそく旅支度を整え、『ポルッカ山』へと足を向ける。しかし、『ポルッカ山』という名称の割には距離があり、長旅になるのは必須。いつもより多めに食料を買い、『ポルッカ』を後にする。
 『ポルッカ山』へ向かう途中、アルゴはある光景を目にする。
「あれは……トロルか」
 ごつい体と大きな棍棒が印象的なトロル族。だが、これは少し不思議な光景で、トロル族は基本的に広々とした場所には姿を現さない。見た目の割には、ほそぼそとした自然環境を好む変わった族なのだ。しかし、ここはだだっ広い草原地帯。普段こんなところでトロルを見かけることなどないはずなのだが、現にトロルの姿を確認している。これは不思議だと感じたアルゴは、トロルへ近づくことを決めた。
 見つかって襲われては大変なので、気配を消してゆっくりと近づくアルゴ。しかし、近づくにつれ、なぜトロルがこんなところに姿を現しているのかが判明した。
「岩に挟まれているのか。それはこんなところでトロルを見かけるはずだ!」
 そこにいたのは二体のトロル。トロル族にしては身の小さな子どものトロルが大きな岩に挟まれている。親らしきトロルが必死に岩をどかそうとしているのだが、その岩の大きさと重さゆえに、トロルの怪力をもってしても持ち上げることはできない。
 トロル族といえど、岩に挟まれているのは子ども。すぐにでも助けないと命が危ないかもしれない。それを確認した途端、気配を消してゆっくり近づくのをやめ、急いで近づくアルゴ。しかし……。
「……! グァッ!?」
 鈍いトロルも、さすがにアルゴの存在に気付く。近づいてくるのは人間。敵だと思ったのだろう。子どもを心配そうに見つめながらも、ここで自分がやられるわけにはいかないという一心で、棍棒を手に取りアルゴを迎え撃つ。だが、アルゴは止まらない。トロルの棍棒攻撃を器用にかわすと、迷いなく剣を手に取り、切った。
「グアアッ?」
 アルゴは確かに何かを切った。そんなアルゴの取った行動にトロルは驚く。なんと、アルゴが切ったのはトロルではなく岩。大きな岩が音を立てて崩れ去る。
「なんとか間に合ったようだな」
 そんな現状を理解できない。しかし、そんなことを理解している場合ではないと本能が動いているのであろう。敵かもしれないアルゴに背を向け、急いで子どもを助けるトロル。どうやら、なんとか軽症で助かったようで、ホッとしているのがわかる。そして、そんなトロルを見てアルゴもホッと一息つく。
 だが、トロルは落ち着いている場合ではない。状況はどうであれ、敵であるはずの人間が近くにいるのだ。もともと知能がさほどないトロル族は、まだアルゴが子どもを助けたということを完全に理解していない。しかし、多少の理解はあるので、敵意剥き出しというよりかは、迷いながらも棍棒を手に取る。
「さて、先へ進むか。それにしても助かってよかった」
 アルゴに戦意はない。子どもが助かったのを確認すると、自分は用済みだとでもいう風な感じでその場を去ろうとする。だが……。
「なっ!」
 何かに引っ張られる感触とともに、前へ進むことを拒まれたアルゴ。何事かと思って感触のある場所を向くと、なんとトロルの子どもが腕をつかんでくるではないか。子どもといえど、人間からすれば屈強な大人よりもよっぽどの怪力。アルゴであっても引き離すことはできない。そして、それを利用して親のトロルが棍棒を振り上げようとしている。
 さすがに棍棒の直撃はまずい。そう感じたアルゴは、空いた手で剣を手に取り、トロルに危害は加えないように、トロルの一撃を防御するのに徹することに決めた。しかし、そんなアルゴの剣は無意味に終わることとなる。
「グアァァ!!」
 なんと、トロルの子どもが慌てて、親の攻撃を止めている。この行動には親のトロルも驚き、迷いながらも棍棒を下げる。
 そして、トロルの子どもがトロルに何かを伝えると、途端に親のトロルが棍棒を投げ捨てた。それを見たアルゴは、不思議そうにしながらも剣を収める。
「グアッグアァッ!」
 するとどうだろう。親のトロルがアルゴに頭を下げ始めた。子どものトロルも、笑顔で何かをアルゴに言っている。それはきっとお礼なんだろう。アルゴにはそう感じた。そして、そう感じると同時に、もの凄く暖かな気持ちに包まれた。
「気にするな。困ったときはお互いさまだ。もう、岩なんかに挟まれないようにしろよ」
 微笑みながら親と子どものトロルの頭をなでたアルゴは、今度こそ先へ進もうとその場を去ろうとする。
「グアアァァァァ!」
 すると、大きな声を上げたトロルたちはアルゴへ向けて笑顔で手を振る。アルゴは、この行為にもまた暖かみを感じる。
 アルゴにはトロルの言語はわからない。しかし、こればっかりは「ありがとう」と言われたような気がしてならない。そんなアルゴは、微笑みながら「気にするな」と言葉を返し、同じくトロルたちに手を振りかえした。

 ――こういうことがあるから魔を悪いものと思うことができない。こちらから歩み寄れば魔もそれに応えてくれる。だれも歩み寄ろうとしなかっただけで……魔は理由なく殺していい生物ではない――

 貴重で、そして暖かい体験をしたアルゴは、心を暖かくしながら先へと進む。


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ラビット族の巣窟『ポルッカ山』 

「ありがとうございます勇者様!」
「あぁ……」
 勇者になって二年か。僕も、だいぶ周りから勇者と呼ばれるようになってきたな。だけど、なんだか物足りない。これじゃあキリがないじゃないか。僕はこの二年間何をしてきた。確かに、数々の魔の襲撃から人間を救ってきたさ。だけど、そのどれもが歯ごたえがなさすぎる。
 それにしても、こんな歯ごたえのない魔どもに襲われて逃げ続けるこいつらってどうなんだ。人間としての誇りは微塵もないのか。
 きっと、こうやってこいつらを救っていけば、僕は英雄として叙事詩に残るんだろう。でも、これじゃだめだ。叙事詩の英雄は強大な敵と戦い、死闘を繰り広げたのちに人々を救った。僕なんて、言うなれば弱い者いじめをしているにすぎない……。出会うのを待つしかないのか。数年前に出会った強大な魔に匹敵する、いや、それ以上の魔を。
 あぁ、それは一体いつになるんだろう。叙事詩の英雄も僕と同じ気持ちだったのかな。……空想にそんなこといっても仕方ないか。でも、きっと彼らも飢えていたはずだ。叙事詩といえば強大な化け物は必須だもんね。化け物……僕たちの世界では魔王か。一体どこにいるんだろあいつ。だれか教えてくれないかな。ねえ魔王、僕は今すぐにでもお前を狩ってもいいんだよ。僕はそれぐらい飢えているんだ。

                 Episode9 ポルッカ山

「ここが『ポルッカ山』か」
 トロルとの暖かい騒動もあり、少しご機嫌な様子なアルゴ。『ポルッカ山』へたどり着いたときに、思わずそんな言葉をつぶやく。というよりも、なんやかんやでひとりというのは寂しいものなのであろう。もともと口数が極端に少なかったアルゴであるが、ひとりで旅に出てからというもの、独り言の数が極端に増えている。もしかすると、アルゴは無口なのではなく、フーレンがおしゃべりすぎただけなのかもしれない。
 とにかく、『ポルッカ山』へたどり着いたアルゴは山の中へ入り込む。
 『ポルッカ山』はまさに山という感じで、ごつごつした地面に、大きな岩がいくつも落ちている。しかも、山というだけあって迷ってしまいそうなほど大きく、傾斜もまぁまぁ強いので体力はかなり奪われる。しかも、大きいというのはいろいろな障害があり、道がいくつも枝分かれしているので無駄足を食うこともあるだろう。
 だが、そんな山にはもっと大きな障害がある。
「!」
 アルゴに走るいくつかの殺気。殺気を感じたアルゴは素早く剣を抜く。
「シャァァァッ!」
「ラビット族か……」
 現れたのは大きなウサギのような魔が二体。どうやらこれをラビット族というらしい。まず、驚くのはその体格の大きさ。力はトロルの方があるだろうが、体格ならばラビット族が勝る。大きな体格に加え、身長もアルゴと同じぐらいあるのだ。そして、ラビット族にはさらに恐ろしい能力がある。
「くっ!」
 そう、大きな体格の割に身のこなしが軽い。さらに、伸びる爪はとても鋭く、普通の人間ならば瞬きをする間もなく切り刻まれてしまうだろう。そんなラビット族は、魔の中でも上位の戦闘に適した魔なのだ。しかし、障害が好転したのか、ここは大きく広い山。戦いには適した地形といえる。だが、ラビット族の数は二体。アルゴもかわすのに専念しなければならない。いや、殺す気でいけば、きっと問題なく殺すことはできるのだろう。しかし、それはアルゴの意思に反する行為。今は様子を見るためにかわす。
「シャアッ!」
 しかし、ラビット族の方は敵意剥き出し。れんけいプレイでアルゴに襲い掛かる。それを紙一重でかわす。岩に隠れたりしながら距離を取ることも忘れない。
「このままではらちが明かないな……。仕方ないか」
 このままではどうしようもないと感じたアルゴは、意を決して剣をラビット族へ向けた。
「シャッ!」
 ラビット族も、相手に敵意が見えたことを感じ取り、狩りではなく、戦闘をする構えに切り替わる。
「少し痛いかもしれないが我慢してくれ」
 だが、そんなことアルゴには関係なかった。戦闘態勢に入ったアルゴはラビット族よりも器用に動く。瞬く間にラビット族の懐に入り込み、一体を斬る。
 そんなアルゴに対し、動揺を隠せないラビット族。当たるはずもない大振りをアルゴに向けて振り下ろす。アルゴはそんな大振りを冷静にかわし、残りの一体も斬る。
「よかった。命に別状はなさそうだ」
 ただ斬るのではなく、奥義である峰打ちを使う。果たして、アルゴは峰打ち以外の技で敵を斬ることはあるのだろうか。
 ラビット族二体との戦闘を終えた。だが、ここでまた試練が訪れる。戦闘力の高いのは承知の事実のラビット族。しかし、それだけでなく数も多いのだ。なので、ラビット族は幾度となくアルゴを襲ってくる。
 そんなラビット族に対し、峰打ちを駆使して進み続ける。しかし、そんなことを繰り返しているので、体力も徐々に奪われ、夜も更ける。一日で山頂まで向かうのは無理だと判断し、どこかで野宿することを決めた。まずは、適度に身を隠せるところを探さなければならない。
「ここなら見つからないか」
 しばらくして、なんとか適度な場所を探す。もう、夜も更けてすっかり寒くなっている山。そんなところで体力が回復できるかは謎だが、とにかく寝なければならない。しかし、完全に油断してしまうと、いつ寝首をかかれるかわからないので、かなりの気配りをしながらとなる。普通の人ならば発狂ものだが、そんなことを気にしている余裕はアルゴにはない。

 太陽の光が山を照らし、『ポルッカ山』に朝を伝える。
 そんな朝の光とともに目を覚ますアルゴ。しかし、当然と言えば当然なのだが、あまり休めていないためコンディションはよくない。ちなみに、昨夜は二度ほどラビット族に襲われた……。
 体調の悪い体にムチを打ち、また山頂へ向けて進む。そこでも何度かラビット族に襲われたが、体調が悪いながらも峰打ちで切り抜ける。現在『ポルッカ山』では、アルゴという男によって打撲を負ったラビット族が多発しているということは言うまでもない。
 そんなこんなで山頂にたどり着いた。いくらアルゴといえど、体調の悪い中の戦闘の連続はこたえたらしい。珍しく息を切らしている。
 だが、残念なことに、山頂へ着いたのはいいものの、ラビット族が一体もいない。まさか、人間が来たということを察知したラビット族が、全力で自分に向かって襲ってきたのか。そして、それをすべて峰打ちで無意味に倒してしまったのか。そんな罪悪感に包まれる。しかし、そんな罪悪感はすぐに打ち砕かれる。
「よぉ兄ちゃん。長旅ご苦労さまだな。後ろだようーしーろ」
「なっ!」
 驚きながら後ろを振り向くアルゴ。向いたそこには、言葉をしゃべり、自分よりもはるかに大きな体格のラビット族がいた。さらに驚くのは、いくらアルゴが疲れているといえど、気配が読めなかったのだ。アルゴほどの実力者に対して、気付かせることなく後ろに立つことすら難しいというのに……。
「そんな驚くことねえじゃねえか。俺たちは誇り高きラビット族だぜ? 俺みたいに人間の言語を話せるほどの高等な魔族がいてもおかしくねえだろ」
「高等な魔……族」
 アルゴは驚きを隠せなかった。まず、魔王のようにペラペラと人間の言語を話す魔を見たのは初めて。さらには、魔は自らのことを魔族と称しているのも初めて知った。驚きづくしである。
「ほれ、リラックスリラックス。山を取り返しにきた人間なんだろ? シャキッとしろシャキッと」
 驚きを隠せていないアルゴだが、冷静に分析してみると、なんだかフランクな魔である。なんというか、この接しやすさはフーレンを思い出す。そんな心境のアルゴ。一度息を整え、リラックスする。
「この山はお前たちが人間から奪ったのか?」
 落ち着いたアルゴが、高等なラビット族に質問を投げかける。そんな質問を微笑みながら返す高等なラビット族。
「さぁ、どうだろうな。というか、どうせ人間なんて自分の都合いいことしか信じねえんだから答えても無意味だろ」
「なら、どうして俺が気付く前に襲ってこなかった。無意味だったらこの会話も無意味なんじゃないのか?」
 皮肉には皮肉で返すアルゴ流は人外にも適用される。そんなアルゴの返しに対し、大笑いする高等なラビット族。
「兄ちゃんおもしれえな。いやぁな。別に兄ちゃんがただの強い人間さまだったら俺もこんな話をしかけねえよ。けどよぉ、兄ちゃんはここに来るまでに一人も家族を殺してねえ。俺にゃあ匂いでわかるんだ。そいつが気になっただけさ。まぁ、理由なんてたいがいこんな浅いもんよ」
「そうか。しかし悪いことをした。俺は別にお前たちと戦いにきた……!」
 そんな高等なラビット族に対して、わずかに気が緩んだ。その隙を狙ってだろう。高等なラビット族が素早くアルゴに間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃はアルゴを寸前で外した。だが、これはアルゴがかわしたのではない。高等なラビット族がわざと外したのだ。アルゴに、また緊張感が走る。
「おーい、次は外さねえぞ。そこで気を緩めちゃいけねえだろ兄ちゃん。こっちの家族も一応傷を負ってるんだ。まぁ、普通なら問答無用で殺してるところだが、兄ちゃんの努力に免じて二分殺しで許してやる。まぁ、ちょっと痛いかもしれねえがやられてくれや。話はそっからだ」
 高等なラビット族の顔つきが変わる。その威圧感は類を見ないもので、アルゴから少量の冷や汗が流れる。だが、アルゴは剣を抜かない。
「確かにお前の言い分もわかる。気が済むようにやってくれ」
 アルゴがラビット族を傷つけたのは事実。二分殺しの提案を受けようというのだ。だが、そんなアルゴの行動に対し、さっきまでとテンションも違い、声色も違い、大きさも違うと、違うづくしで高等なラビット族が吠える。
「おめえは何を言ってやがる。気が済むようにやってくれ? おめえは魔族を優しいもんだとか何かと勘違いしていないか? 俺たちは魔族だ。ただの魔族なんだよ。それを、気が済むようにやってくれ? おめえは、人間よりも魔族に期待を抱いてるだけの甘ちゃんじゃねえのか? 残念ながら人間も魔族もそんな変わんねえよ。知ってるか? 争いは同じレベル同士でしか起こらないんだってよ。なのに、おめえは魔族に対して期待を抱きすぎている。予定変更だよ兄ちゃん。ちょっと厳しく教育してやる。殺すぜ?」
 さらに高等なラビット族の威圧感が増す。こんな威圧感はそうそう感じられるものではない。気付いた時にはアルゴは剣を抜いていた。
「そうでなくっちゃよ。兄ちゃん、あんた名前は?」
「な……まえ?」
「そうだよ名前だ。戦闘の前には名を名乗るってのが定石だろうが。ちなみに、おめえが先に名乗れなんて言葉は受け付けないぜ。俺はまず名乗らせたい派なんだ」
 この威圧感にこの気の抜けた会話。一体どれが本当の姿なのか、アルゴにはわからなくなる。
「……。アルゴだ」
 あまり状況は把握できていないが、とりあえず名を名乗るアルゴ。そんなアルゴに、ニヤッとした笑みを見せる高等なラビット族。
「了解。そういうとこは素直でいいんだよ。俺はラヴィ。しょうもねえ名前だな、なんて言葉は受け付けないぜ。俺はこの名前が気に入ってんだ。まぁ、とりあえず戦闘前の会話はこんなとこにしといて、教育開始だアルゴ!」
 『ポルッカ山』に住むラビット族。果たして、もともとラビット族が住んでいた山なのか。それとも人間から奪った山なのか。それを確かめにきたアルゴであるが、今はそんなことを言っている場合ではない。アルゴは戦わなければならない。今まで出会ったことのない規格外の強さを持っているであろうラヴィと、戦わないとならないのだ。


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本来の姿で立ち向かわん 

「あれからもう二年かぁ。なんやかんやで、ひとりでも生きていけてるな」
 アルゴはどうしているんだろうか。俺もこの二年、何も大ごとが起こっていないとはいえ、修行を欠かしたことはねえ。
 あれ、これってあれじゃね。修行なんてほとんどしてねえだろうアルゴを、もしかすると追い抜いてたりするんじゃね!? ……。いや、無理だろうなぁ。俺の想像を超えるような体験をして成長してるに違いない。うんうん、きっとそうだ。アルゴのことだから、ここに帰ってくるときは大きな土産話とともに帰ってくるに違いない。そんで俺が驚いて、変なテンションでベラベラ聞きまくるんだ。そうしたらあいつ困ってよ、あんましゃべんなくなったりしてな。こんだけ長旅してきたのに、結局のところ中身はなんにも変わってねえじゃねえかお前! 的なノリをかますんだ。ふへへ、その日が待ち遠しくてたまらんぜ俺は。
 なぁ、アルゴよぉ。俺は全然心配なんてしてねえからな。俺は、お前がちゃんと帰ってくるんだって確信してる。だから、思う存分長旅してこいよな。俺は、お前が帰ってくる日を待ちながら修行して、何かが襲ってきたら村を、師匠の墓があるこの場所を守って……。そんな日々を生きてくぜ。よし、今日も自分のため、村のため、師匠のため、アルゴのため、修行に励みますかぁ!!

                  Episode10 死闘

 ラヴィが戦闘態勢に入ったのを感じ取ったアルゴは、まだ少し動揺しているものの、同じように剣を構える。ちなみに、アルゴの構えは受けに徹する構え。相手の力が規格外だとしても基本のスタンスを崩すつもりはない。そんなアルゴに対して、ラヴィが一言つぶやく。
「ほぅ。まずは様子見ってかい。まっ、様子見でやられねえように気ぃつけろや!」
 ラヴィが攻撃を仕掛ける。いや、これは攻撃というよりも猛攻だろう。ラヴィは、初めは様子見に軽いジャブというタイプではないらしく、初めからストレート連発。しかし、その猛攻は隙があるようで隙がない。猛攻で生じる隙を、勢いが消してしまっているのだ。これではどれだけ受け流してもカウンターを狙えるなんてことはかなわないだろう。
 そんな猛攻を紙一重で受け流し続けるアルゴ。アルゴはこの時点で、ラヴィを以前のヴィレイ以上と認識した。まず、剣で攻撃を受けてはならない。そして、受け流しているというのにこの重圧。剣で受けると剣が壊れてしまうほどだ。そんな紙一重の受けを続ける。それに、ここまでの体力の消費もあり、余裕はないに等しかった。なので、戦法を変える。
「おっ! 兄ちゃん、体術もこなせるのかい」
「あぁ、剣と拳は一心同体だからな」
 そう、体術だ。アルゴとフーレンは、剣だけでなく体術も使いこなせる。剣と拳の両立。これは、師匠の武におけるテーマである。だが、主体なのは剣であることに変わりはない。体術はあくまでも距離を取ったり状況を変えたりという補助の役目。そして、この選択は正解だった。このままいけば体力が持たずに敗れていただろう。だが、受け流しに合わせ、鋭い蹴りで牽制したことにより、距離を取ることに成功した。
「どうやら、このまま終わるってのはかなわなかったらしいな。ただの甘ちゃんかと思ってたが、なかなか骨があるじゃねえか、なぁアルゴよぉ」
「あぁ。次は俺が攻める番だ」
 距離を取ることにより、受けの構えから攻めの構えへと転じることに成功したアルゴ。いつものようにひとつ呼吸を整え、ラヴィの間合いへと素早く突き進む。
 この間合いを詰める一瞬の速度こそアルゴの武器、つまり持ち味。この詰めにはラヴィも驚く。
「へっ、やるじゃねえかアルゴ。でもよぉ」
 間合いを詰め、斬撃を繰り出すアルゴ。しかし、その攻撃はとおらない。
「なっ!」
「野生の本能なめんなよ。誇り高きラビット族よりも攻勢がうまいことは認めてやる。だがよ、野生の勘ってのには人間じゃあ勝てねえよ」
 もともと持ち得る力。そして、あり余る野生の本能と勘。この三つのスキルの融合により、いち早くアルゴの剣の軌道を読み、受けるのではなく力で弾く。そうすることにより作ることができる隙。
「大丈夫、男の子なら耐えられるさ……吹っ飛べ男の子ぉぉ!!」
 強烈な一撃をアルゴにたたき込む。この一撃でアルゴは大きく吹っ飛ぶ。だが、体術を心得ているアルゴは、受け身を取ることにより大きなダメージを免れる。だが、この一撃は重たく、力の一撃だけでも多少のダメージは免れない。
「これは……相当まずいな」
 また距離ができ、遠くにいるラヴィを見て、思わずそうつぶやくアルゴ。あまり戦闘経験がないのもあるが、今のアルゴをここまで追いやることができた生物はいままでいなかった。
「受け身ときたか。こんな山なのにうめえこととるもんだ……。んぁ?」
 ラヴィはひとつ異変に気付く。誇り高きラビット族に生える誇り高き白い毛。そんな白い毛の一部が薄い紫色に染まっている。
「ちょっとダメージとおってたのか。おいおい、野生の勘ってのには人間じゃあ勝てねえよ、とかかっこつけちまったのに恥ずかしいじゃねえか。この白い毛は誇りだが、ダメージ受けるとわかりやすくて困る」
 独り言をぶつぶつつぶやくラヴィ。油断しているようにもみえるが、裏を返せばそれだけ余裕があるということだ。まだラヴィは全力を出しているようには見えない。しかし……。
「おっ! 帰ってきたなアルゴ。さぁ、まだまだ終わらねえぞ……っててめえ……」
「あぁ。悪いが軽症で済ませることができないと判断した。少し痛いかもしれないが我慢してくれ」
 ラヴィの野生の勘が働き、全身に鳥肌が立つ。アルゴの構えはまた変わっていた。だが、それはさっきまでとレベルが違う。別人のような威圧がラヴィを包む。
「てめえ……。俺相手に手を抜いてやがったな!」
 さっきまでの余裕のあったラヴィと違い、余裕なく言葉を叫ぶ。
「いや、そういうわけではない。俺はただ殺生が嫌いなんだ。だが、ここで殺されるわけにはいかない。残念な話だが、殺されないためには相手に身を削ってもらうしかない。だから、命の保証はできないと先に言っておこう。そして、これが俺の構えだ」
 そう、アルゴの普段の構えは、アルゴ本来の構えではない。これも師匠の教えなのであるが、アルゴもフーレンも、構えを三つ持つ。おなじみの受けと攻めの構え。そして、この本来の構え。師匠は殺生を好まない。だから、むやみな殺生をしないように、力をセーブできるように受けと攻めの構えを教えた。

 普通、戦いというものは全力を出し切るものといわれている。だが、師匠はそんな言葉が大嫌いだった。全力を出し切ることでどちらかが死んでしまったら、どちらかが重傷を負ってしまったら、それを『試合』という言葉で償うことができるのか。それは『試合』という言葉で正当化できてしまうのか。
 師匠はそうは思わなかった。相手からすれば情けをかけられているような屈辱を受けるかもしれない。だが、情けをかけられた相手には未来がある。未来で再戦する意欲も時間も手にすることができる。しかし、重傷を負ってしまったり死んでしまったりすれば、相手に未来はない。相手が満足できればいいじゃないかという言葉もあるが、師匠はその言葉も嫌いだ。だって、それで満足できる『武』なんて現実はないのだから。全力を出し切れば死しても満足。それはしょせん、斬った側の逃げ場所でしかないのだから。
 だから、師匠は二人に攻めと受け、二つの構えを教えた。そして、普段は受けと攻めの構えで戦うようにとも。しかし、それでは敵わない何かが現れた時は『本来の構えを使うか使わないかは二人が決めなさい。本来の構えは二人独自の構えです。それは、未来を切り開く構え、それと同時に未来を閉ざす構えでもあります。それをよく考えたうえで決めなさい』師匠はこう教えた。だからこそ、二人は本来の構えを使うことはなかった。
 当然、使わないといっても修行の時は惜しまなく使う。だから寂びれるといったことはない。だが、実戦でこの構えを取るのは、生まれて初めてのことだった。

「……。いくぞ」
 アルゴが間合いを詰める。しかし、それは攻めの構えの比ではない詰め。別に速度が上がったわけではない。だが、明らかに間の詰め方のクオリティというものが違っていた。
「ちっ!」
 アルゴが攻勢にうつる。それと同時に、ラヴィも反撃しようと試みるが、それは失敗に終わる。
「ぐぬぅぅ」
 その攻撃はラヴィの弾きよりも鋭く、ラヴィの手が薄い紫色に染まる。これにより、ラヴィの野生の本能は受けに徹することを選ぶ。多少の傷を負っても受けに徹すれば流せないことはない。その鋭い爪で斬撃を防御する。
 だが、アルゴの斬撃はさらに威力を増す。次第に防御も追いつかなくなってきた。
(仕方ねえ……。あれやるか)
 心の中でそうつぶやいたラヴィが、斬撃を流しながら少しずつ息を取り込む。そして……。
「シャアアアァァァァァァァァァ!!!!」
 山が揺らぐような大声を上げる。これにはアルゴも一瞬動きが止まる。それをラヴィは逃さない。
「おめえほどの人間は初めてだ。俺もこんな卑怯な手は使いたくなかったが、許してくれや!!」
 さっきとは違い、仕留めるつもりでアルゴを狙うラヴィ。
「なっ、なにぃ!」
 だが、そんなラヴィの一撃をアルゴが弾く。だが、隙とは言わないが、動きが止まっていた以上、意図的に弾いたとは考えにくい。
「さっき、野生の勘は人間には勝てないといったな。きっとそうなのかもしれん。いや、そうだろう。しかし、今回に限っては、人間の勘が野生の勘を上回った」
 そう言いながら、アルゴはラヴィを素早く斬った。それも、今回は峰打ちではない。ラヴィを相手に峰打ちでは攻撃がとおらないとの判断からだ。
 何かを対象にした初めての大きな斬撃の一撃。アルゴは初めて生物を斬るという感覚を覚えた。そして、それはとても胸が締め付けられる感覚なのだということを知った。
 それと同時に、大きな音を立ててラヴィが倒れる。勝負ありといったところであろう。それを見たアルゴは、ようやく戦いが終わったという実感を感じ、よろよろと膝をついた。ここまでの体力消費、そしてラヴィとの戦いで、アルゴの体力も限界なのだ。
「大丈夫かいあんた!!」
 しかし、そんなアルゴにもまだ休息は許してくれないらしい。なんと、ラビット族の群れがアルゴとラヴィの周りを囲んだのだ。きっと、ラヴィの咆哮に誘われてきたのであろう。アルゴはこの日、生物を斬るという感覚を覚えた。そして、死が近づく感覚も覚えてしまった。


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昨日の敵は…… 

「負けんじゃねえぞ! ここは俺らのもんだ!」
 攻めなきゃなんねえ。守んなきゃなんねえ。争わなきゃなんねえ。同じレベル同士の族が二つできちまった。俺たちが早えのか、やつらが早えのかは分かんねえ。もしかしたらやつらのほうがずっと早えのかもしんねえな。けどよ、ここは俺らのもんだ。居場所は争いでつかまなきゃなんねえ。それを理解してるからこそ、俺らのもんだと言い張らなきゃなんねえ。
「大丈夫かいあんた!!」
「心配すんな。俺はそんな甘ちゃんじゃねえ。心配してる暇があったら前に行くぞ!」
 ありがとよぉ。争いしか知らねえ、こんな俺のために心配してくれるやつなんざ居てくれるとは思わなかった。それだけで俺は動ける。攻めれる守れる争える。
 生き残るには争わなきゃなんねえ。どっちかが絶えるまで、いや、どっちかがくたばってもきっと争いは続きやがる。
 俺は争いしか知らねえよ。けどよ、だからこそだれよりも胸張って言えることがあんだ。いつかよぉ……いつかこんな争いなんてもんが歴史からなくなっちまえばいいのにって俺は思う。争いほど寂しいもんはねえよ。今のこの歴史は……いや、ずっと昔からなんだろうな。争いとは平和の象徴だ。争うことで平和が訪れる。争いが平和を生む。確かにそうかもしんねえ。けどよ、俺たちは平和にすがって生きていくほど弱い生物じゃねえはずだ。平和なんてもんはこの世にはいらねえんだよ。だれかひとりでも自分のことを考えてくれるやつがいればそれで十分じゃねえか。それ以上の幸せがどこにあるっていうんだよ。それ以上に平和ってやつはいいもんなのかよ……。
 ちっ、こんなこと考えてる暇はねえな。今は、残念ながら平和を求めて争うやつらの塊だ。争わなきゃ……なんねえ。悲しいけどな……。

                 Episode11 家族の長

 無数のラビット族に囲まれるアルゴ。そこには、自分が打撲を負わせたラビット族もたくさんいた。魔族も手当てというものを覚えているようで、どこで手に入れたのかはわからないが、包帯を巻いているラビット族がたくさんいる。当然、そのラビット族はアルゴに敵意を抱いているだろう。自分たちのボスを倒してしまったのだからなおさらだ。
 この状況には、さすがのアルゴも言葉が出ない。冷たい汗を流しながら状況の変化を待つ。すると、先ほどラヴィと同じく人間の言語を発したラビット族がアルゴの前に立ちふさがる。
「よくも……よくもうちの夫を! 生きて帰れると思ったら大間違いだよ」
 冷たく、しかし怒りが混じった声色でアルゴにそう言うラビット族。夫ということは、ラヴィの妻ということだろう。家族ともなれば、家族を斬られて黙っていられるはずがない。そんな気持ちが十分にわかるアルゴは、自然と死の覚悟を決めることができた。しかし……。
「やめろぉぉい! おめえらは下がってろ。これは俺とアルゴの男の教育だった。部外者が邪魔すんな」
 斬られた胸からは薄紫色の血が痛々しく流れる。だが、そんな状態を無理に動かし、苦しそうに立ち上がってそう言うラヴィ。
「あ……あんた!」
 立ち上がったラヴィを見て、ラビット族が心配そうにラヴィに群がる。
「そんな大げさに心配しなくても大丈夫だ。俺がそう簡単にくたばるはずねえことを知ってるのは他でもねえおめえらだろうが。こんな名誉な傷よりもずっと汚ねえ傷をたくさん受けてきた俺だ。争いしかしらねえこの俺だ。そんな俺が、こんな幸せな傷で死ねるわけねえことを、おめえらはよーくしってんだろ?」
 ラビット族の言語なのだろう。アルゴには、ラヴィが何と言ったかわからなかった。
 アルゴにはラヴィが何と言ったか分からなかったが、『家族の長』としての一言だったのだろう。ラヴィが話し終えたその瞬間、たくさんいたラビット族のすべてがラヴィの後ろに下がった。
 そんなラヴィを見て、自然と笑みがこぼれるアルゴ。
「どうした兄ちゃん。死なずにすんでホッとしたかい?」
 ニヤッとした笑みでアルゴに近づくラヴィ。もう、ラヴィからは敵意は感じられない。
「いや、家族を斬った俺だ。その家族に殺されることに対して、俺は死を覚悟した。だが、家族の長は俺を生かすことを選んだ。そんな家族の暖かさに酔っていたところだ」
 握っていた剣をさやに納め、言葉を返すアルゴ。アルゴにももう敵意はない。しかし、その直後ラヴィの顔が邪悪にゆがむ。
「……。油断したな兄ちゃん。俺は魔族だ。人間と敵対する魔族だ。そんな魔族に気を許すたぁ、ちょっと気が早かったんじゃねえかい?」
 ラヴィがアルゴに向けて拳を振りかぶる。気を許しすぎていた、油断していた。ラヴィの振りかぶりに対し、アルゴは動かない。
「……。兄ちゃん、いやアルゴ。おめえは何者だ」
 ラヴィの拳はアルゴの顔面にあたる直前で止まる。寸止めというやつだ。アルゴは初めからラヴィの拳をかわす気はなかった。
「別に何者でもない。ただの人間だ」
 微笑みながらそう言葉を返すアルゴ。
「どうして何もしようとしなかった? 直撃したら死んでたぜ?」
 不思議そうに質問するラヴィ。
「そうだな……。だが、不思議と当たる気がしなかった。俺は別に相手の気を読めるわけではない。ただ信じたかっただけだ。家族をまとめた直後に、家族の目の前で不意打ちなどという汚れた行為。そんな背中を見せるはずがないとな」
「本当に甘ちゃんだなおめえは。殺生が嫌いで、ただ何かを斬るだけで覚悟を決めやがる。そんな重てえ性格してるくせに、どうしてまぁ……。いずれ死ぬぜ?」
「かもしれないな。だが、その時は俺が負けたということだ。信じたものに裏切られて死ぬのは負けだと思っている。それほど悲しいことはないからな。だが、俺は信じられるものはとことん信じていたい。それが仇となって死ぬことになってもな」
「……。甘ちゃんだ。確かに甘ちゃんだが、俺はおめえのこと嫌いじゃねえよ。今日は疲れたろ? もてなしてやるから付き合ってけ」
 ラヴィがそう言うと、アルゴの返事を聞く前に立ち上がり、ラビット族の群れの方を向いた。
「おめえら! 今日は久々に客人をもてなすぞ! しかも人間だ、初めて人間をもてなす。だが嫌悪しねえでくれ、こいつはいいやつだ。俺は人間相手に初めて『友』を得たと感じている!!」
 ラヴィのその一声に、歓声を上げるラビット族の群れ。ラヴィが話し終えると同時に騒がしく動き始める。
「こっちへ来な客人様よぉ」
「あぁ、なんだかすまないな」
「気にすんな。殴って斬られた仲じゃねえか。今日は騒いで語り合おうぜ」

 こうしてアルゴとラヴィの戦いは終わり、一気に歓迎ムードとなった。そこでアルゴはいろいろなことを知る。まず、魔族も料理をするということだ。しかも、その料理は人間が作ったものと遜色ないほどにうまい。こうしてみると、手当てをしたり料理をしたり、人間と魔の違いというものはあまりないのではないか。アルゴはますますそう思った。
「さっきはすまなかったねえ」
 そう言って料理を手渡してくれるラビット族の一人。ラヴィの奥さんラビットだろう。
「いや、気にしていない。こちらこそ夫を斬ってすまなかった」
「男の戦いだったんだろう? なら仕方ないよ。男は馬鹿だからねえ。もう慣れた」
 笑いながらそう言うラヴィの奥さん。肝がすわっているというのはこういう人のことを言うのだろう。
「ありがとう。そう言えばあなたも人間の言語が話せるんだな」
「あなたって微妙な言い回しだねえ……。ヴァニーでいいよ。人間の言語は夫がなかなか面白い言語だと教えてくれたよ。仲間たちは気味悪がって覚えたがらないけど。好奇心強いからねえあたしは」
「そうなのか。面白い言語とは考えたこともなかったな。答えてくれてありがとう。とりあえずおかわりをくれないかヴァニー」
「見た目の割に食べるのね。もしくは、やっぱりあたしの料理は天才的に美味しいのか……。きっとそっちだね! あいよ!」
 アルゴは楽しかった。料理も美味しく、魔族との触れ合いもできている。それに、魔族との触れ合いはとても暖かいものだった。魔族にもいろいろな魔族がいるのだろうとは思うが、それは人間も同じ。魔族も人間と変わらない。人間が善で魔族が悪という認識は、やはり人間のエゴでしかない。アルゴは、よりいっそうその気持ちが高まった。

 ご飯を食べ終わったアルゴのもとにラヴィが訪れる。きっと真剣な話になるのだろう。二人きりにしてくれとでもお願いしたのか、ラヴィとアルゴの周りにはラビット族がだれもいなかった。
「よぅ。楽しんでるか?」
 気さくに話しかけてくるラヴィ。
「あぁ。おかげさまで今日はいい日だ」
 正直な気持ちを伝えるアルゴ。
「そいつはよかった。突然だがアルゴよぉ、おめえは家族の暖かみに酔っていたと言っていたが、おめえの家族には暖かくしてもらえなかったのか?」
 急に重たい話題に切り替えるラヴィ。どうやら、アルゴが『家族』というものに強く惹かれていたことに対して疑問を持っていたようだ。当然、聞きにくい質問であるのでちゅうちょしていたラヴィだが、どうしても気になって聞いたのである。
 そんなラヴィの質問に対し、顔を暗めるアルゴ。
「答えたくないなら構わないぜ?」
 そんな表情の変化に気付いたラヴィは、アルゴに気を使うようにそう言う。
「いや、構わない。俺の本当の親は俺が物心つく前に死んでいた。いや、死んでいたと聞いている」
 思い出すように、遠くを見ながらそう答えるアルゴ。
「そうか……。俺も息子を亡くしててよぉ、家族を亡くした者の、家族の暖かみに惹かれる生物の気持ちはよくわかる。だからもしやと思ったらやっぱりか」
 今にも泣きそうな表情でそう言うラヴィ。
「子どもが……。病気か?」
 そんなアルゴの質問に対し、今度はラヴィの顔が重苦しくなる。
「すまない……」
 軽はずみな質問をしたと謝るアルゴ。
「俺から言い出した話だ、気にすんな。俺の息子は何者かに殺されちまった。あれは俺の不注意だ。息子は俺ほどではないが強かった。だから安心しちまってたんだろうな……」
 そう言ったラヴィは一度言葉を止める。ラヴィにとって、とてもつらい出来事だったのだろう。言葉にするだけでも苦しそうだ。しかし、ラヴィはまた言葉を発する。
「一度大きな自由を許したことがあってな。それが過ちだったと気づき、探しに行って、発見したその時にはもう……」
 ラヴィの話はアルゴにとってもすごく心にくる話であった。似ている、似ているのだ。あれもアルゴの不注意であった。アルゴの不注意で一人の大切な人間の命を奪ってしまったに等しい。
「俺も、俺の親代わり、いや、俺にとっては親だ。俺には師匠がいてな。俺に剣術を、体術を、生き方を教えてくれた。そんな師匠を、俺の不注意で殺してしまった」
「……。魔族からお前をかばってとかそういうやつか?」
 申し訳なさそうに質問するラヴィ。
「いや、まだ俺が12歳のころだ。そんな幼い俺には師匠を救う力はなかった。あの腐った王たちからな」
 アルゴは、師匠のことを思い浮かべながら答えた。その眼には、普段の甘ちゃんなアルゴのどこから湧き出ているかわからないほどの憎悪があふれ出している。
 その言葉を聞き、ラヴィは驚きを隠せなかった。
「てことは、おめえの師匠は人間に……。人間は人間を殺すのか? 人間という生物は争い以外で同族を殺すってのかよ!?」
 ラヴィは驚いた。魔族は大きな争い以外で同族を殺めることなどない。そんな小規模な中でも人間が人間を、同族を殺めるという事実に驚きを隠せなかった。
「あぁ……」
 ラヴィと出会って一番の発見かもしれない。魔族は同族を、魔族が魔族同士を大きな争い以外で殺すなんていうことはありえないと言い切った。こんなこと人間ではよくある話。殺人という形で半ば日常化している話。だが、それは人間としての当たり前であり、魔族としては当たり前のことではなかった。こういう事実を知ると、人間という生物がいかに狂った生物であるかというのが身に染みる。アルゴは、そんな人間に対して悲しくなった。
「甘ちゃんなんて言って悪かった。おめえは強いよアルゴ。もしも俺が、俺の息子が魔族に殺されてたとしたら、俺は、俺のすべてを捨てても魔族を滅ぼしにかかる。同族が同族を殺していいはずがねえ。いや、時にはそんなときもあるかもしれねえ。でも、そんな簡単に殺していいわけがねえんだ。同族が同族を、しかも家族を奪われたとなれば、俺は黙っちゃいられねえ。おめえはそれでも人間に希望を持つんだろ? 気持ちは魔族に傾いてるおめえだけど、人間であるからこそ人間を殺めることができねえ。だからおめえはもがいてるんだ。気持ちをはっきりさせるために魔族のことを知ろうとしてるんだな」
「俺は……魔のことを知れば知るほど人間の汚い部分を知ってしまう。だが、俺は人間だ。俺は、人間にすがる、捨てる、どちらになるかはわからないが、気持ちを整理するために魔を利用しているのかもしれないな。魔を知るために旅に出たが、結局は俺の私情だ……」
「それでいいんだろうよきっと。生物なんて私情で動いて当たり前だ。そんな私情を見守ってくれたり後押ししてくれたり手を差し伸べてくれたり、私情で動いてると自然と引っ付いてきてくれる。俺はそれがもっとも幸せだと思っている。私情で動いてる生物同士が惹かれあうなんてすごい話なんだろうぜ。だからよぉ、俺もお前の私情を見守らせてくれ。族なんて関係ねえ。俺とおめえは『友』であり『家族』だ。俺もおめえの私情の隙間に入れてくれ」
「家族か……。そんなことを言われたのはいつぶりだろうな。なぁラヴィ、今日はいい日だな」
「……。いい日過ぎてバチが当たりそうだぜ」
 語り合う両者。それは出会ったばかりとは思えぬほど打ち解けており、心と心はもうつながっている。そもそも、心と心の連結に時間などさほど関係ないのだ。気持ちこそが最高の材料であり、時間などはおまけに過ぎない。両者は、一日にして『友』として『家族』としての関係となった。これは、アルゴにとって初めての人間と魔族の友情である。アルゴにとってこれほどうれしい時はなかった。それほど、今のアルゴの心は満たされていた。

 そして日は過ぎ、アルゴは『ポルッカ山』を出発する。仲良くなったラビット族に別れを告げ、下山。
 ラビット族に見送られながら旅立とうとしたとき、ラヴィが一言叫ぶ。
「おいアルゴ。おめえの質問にひとつ答えるの忘れてたわ! この山はもともと俺らの山だ、人間のもんじゃあねえ!」
 アルゴはその言葉を聞き、親指をひとつ立てて答えた。アルゴはうれしかった。この山は魔族が人間を襲ったうえで住んでいるのではない。もともとが魔族の所有する山だった。だが、それと同時に、やはり人間が私欲で山を奪おうとしていたのかと思うと悲しくなった。
 そしてラヴィとの出会いから一年。アルゴは、今までに経験したことのないような光景を見ることとなる。


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 後書き:いよいよ序章が終了しました。ここまでで約45000文字ほどにもなっております(驚)本当にここまでお読みくださっている方には感謝の気持ちでいっぱいです。
     そして、ここから先が本編となります。これからもお読みいただけるとうれしく思います!

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奇妙な出会いは突然に 

「いくら逃げてもいつかは捕まっちまう運命なんだ。おとなしく捕まりやがれ!」
「ホンマにあんたらなんなん? なんでうちを捕まえようとするん!」
「そんなもん俺たちに聞かれても知らねえよ。だが、魔王様の命令だ。おとなしく捕まれ」
 なんでなん……。うちなんにもしてへんやん。確かにうちはちょっと変わっとるかもしれへん。でも、それだけやん。魔王がうちを必要としとる? そんなん知らへんよ。うちはただ必死に生きとるだけ。
 それに、そんなん勝手やわ。うちの幸せを……家族を奪ったくせに……。それで、今度はうちを必要としとる? どうせ利用するだけ利用して、うちの命も奪うんやろ。勝手すぎるわそんなん……。
「おとなしく捕まれ? うちの家族を奪ったお前ら魔族なんかに捕まったらどうなるかくらいうちにでも分かるわ! うちがこのままおとなしくしとると思ったら大間違いやで」
「ほぅ。そんな小さな体からでてくる威勢とは思えないな。抵抗するならこっちも多少荒っぽくさせてもらうぞ?」
 くっ……。あかん、まだ普通の魔族ならなんとかなるかもしれへん。でも、こいつらは上級魔族や。なんかの拍子に攻撃がとおっても倒すんは無理や……。弱気になっとる場合やないのはわかっとる。でも、体の震えが止まらへん……。おとう……おかぁ……。こんなんでごめんな。せっかく生かしてもろうた命やのに、まただれかに助けを願う。ホンマこんなんでごめんな……。
「だれか……だれか助けて!!」
 うちは生きるんや。絶対死んでなんかやらへん。うちは決して一人でなんか生きてへんもん。家族がうちを見守っとる……温かい家族がおんねや。そんな家族に生きろ言われて死ねるもんか! 生きられるんやったらなんにでもすがったる。うちは……絶対死んでなんかやらへん。

                  Episode12 出会い

 ラヴィと出会って一年の月日が流れた。この一年の間、アルゴは旅よりも修行を重視していた。
 生まれて初めて出会った、本来の構えを使わなくてはならないほどの相手。そして、使ったからには相手を斬らなければならないという悲しい現実。アルゴは、できる限りそれを繰り返さないために修行を繰り返した。おそらく、今の自分は前の自分よりも強いだろう。しかし、それはだれも一緒。同じ地点でとどまっている者などいないのだ。そう思えば、修行にも自然と身が入った。
 そんな一年を過ごしたアルゴは、修行もそこそこに旅に戻る。長期滞在した村を出て、『レーベ』へと足を進める。しかし、『レーベ』はかなり山奥にある村。そこに行くには、一日二日では通り抜けることができそうもないほどの険しい森を抜けなければならない。現在アルゴはそんな森の中を歩いている。そこに現れる魔や動物を避けながら進み続ける。
「まだ抜けられないのか。かなり険しいな」
 思わずそんな言葉をつぶやいてしまうほど終わりが見えない森。動物や魔の鳴き声もあってか、まるでジャングルのようだ。だが、そんなジャングルのような森で、普通ならば聞こえるはずのない声色が聞こえてきた。
「……か……助けて!!」
 小さくではあるが、明らかに助けてと聞こえた。それも、間違いなく女性の声。こんな森の中だ。魔や動物に襲われてしまっても仕方がない。アルゴは『レーベ』へ向かうのを止め、声の主の下へ急ぐこととした。
「どこだ! 助けに来たぞ。もう一度大声を出してくれ!」
 柄にもなく声を張り上げるアルゴ。すると、また声が聞こえてきた。
「こっちや! だれか来てくれたんか!?」
 今度ははっきりと聞こえた。アルゴは声の主の下へ急ぐ。
「ここか!」
 アルゴが着いた先には、魔であろう二体が何者かを取り囲んでいる図が確認できる。
「おい、そこで何をしている貴様ら」
 鋭い目つきで魔に話しかけるアルゴ。アルゴの直感が、この二体の魔が手練れだということを知らせている。それが二体となると、アルゴも気を引き締めなければならない。
 そんなアルゴの言葉に対し、面倒くさそうに振り返る二体の魔。
「何をしている? 決まっているだろう。この小娘を魔王様の下へ連れ帰らねばならん。捕縛しようとしているんだよ」
 一体の魔がそう説明しているところを、もう一体の魔が遮る。
「そんな馬鹿正直に答えるやつがどこにいる。おい、そこの長髪。お前は黙ってここから去れ。今なら命だけは助けてやる。このコング兄弟の手にかかれば貴様など一捻りなのだからなぁ」
 余裕そうに笑う魔を見て、アルゴは剣を構える。構えは攻めの構えだ。
「悪いがそういうわけにもいかない。発見した手前、見過ごすわけにもいかんのでな」
 そんなアルゴを見て、ニヤッと笑う二体の魔。
「OK。このオラン・コング、ウータン・コングのコング兄弟を目にして剣を構えたことを褒めてやる。そして後悔させてやろう。ウータン、軽く遊んでやれ」
「分かったぜオラン兄ちゃん。どれ、軽く捻ってやろう」
 コング兄弟がそう言うと、ウータンがアルゴの前に立つ。オランはそのまま声の主を捕らえようと動く。
 どうやら、この声の主は結構しつこいらしく、捕まえづらいらしい。荒っぽくするにしても魔王の命令なので、あまりうかつな攻撃はできない。それもあってか、アルゴの登場は予想以上に厄介なものだといえる。だから、早いところ兄弟で捕まえる作業に戻りたいのだ。
 なので、言葉の余裕とは裏腹に素早く間合いを詰め、攻撃にでるウータン。ゴリラのような形状をしたコング兄弟の攻撃は見た目以上の威力のようで、かわしても風圧が感じられる。だが、開始早々隙は発見した。
「かわしやがったか。だが、次は当てるぜ!」
 ウータンの二撃目。確かに威力は大したものだが、それに見合うほどの速度がない。これは魔王の人選ミスといえるだろう。ウータンがこれならオランもそれほどの速度はないといえる。それを利用した作戦を思いついたのだ。
「けっ、またかわしやがったか。でもよぉ、かわしてるだけじゃ戦いは……っておい!」
 アルゴはそのままウータンをスルーしてオランの下へ向かう。そして、剣を構えオランへ向けて剣を振る。
「おいおい……そんな抵抗すんなよ。温厚な俺も殴っちまうぜ……がっ!?」
 無防備のオランの背へ向けて峰打ちをかます。どうやら手応えなし。だが、声の主の手を引く時間くらいはできた。素早く声の主の手を引いて駆ける。
「怪我はないか?」
「だ……大丈夫や!」
「そうか。だが、これでは追いつかれてしまうかもしれない。背へ乗れ」
「ま……まだ状況が把握できてへんけど、兄さんおおきに! 恥ずかしがっとる暇もあらへんからお言葉に甘えさせてもらうで」
 軽い身のこなしでピョンっとアルゴの背へ飛び乗る声の主。どうやら、声の主はまだ少女のようだ。
「ちっ! 何してやがるウータン! このままじゃ生きて帰れねえぞ!」
「すまねえオラン兄ちゃん。あいつ意外とすばしっこくてよ」
「言い訳は聞きたくねえ! 追うぞ!!」
「おっ、おう!」
 焦った様子で二人を追うコング兄弟。上級魔族というだけあって、こんな状況でも、冷静に追うことを選択した。
 しかし、素早さではアルゴの方が大きく勝る。コング兄弟を大きく離したアルゴは、コング兄弟に見つからないために隠れ家を探す。

 おそらく冒険者のだれかが作り、そのまま置いていったのだろう。ちゃんとしているとは言わないが、隠れ住むことはできるくらいのいい場所を見つけたアルゴは、そこで身をひそめることにした。
「ここなら当分は大丈夫だろう。一度休息を取ろう。降ろすぞ?」
「ホンマすんまへんなぁ……」
 ピョンっと飛び降りる少女。そういえば、まだアルゴは少女の姿をちゃんと見ていない。そして、初めてその姿を見たアルゴは驚きを隠せなかった。
「……」
「……」
 しばしの沈黙が流れる。驚きを隠せないアルゴに対し、少女もやっぱりかというような表情をしている。
「やっぱり……気持ち悪い?」
 少女が申し訳なさそうにアルゴに問う。それに対し、アルゴは首を横に振る。
「いや、そうじゃないんだ。すまない、失礼だとは思うが君は……」
「うん。うちは魔族人間の子。自分で言うのも変な話やけど、兄さんからしても気になる部分やと思う。むしろ気持ち悪いって思ってくれとらんだけでもうれしい話や。けど、詳しくは兄さんともっと仲良くなってから話すわ。今はそんなときでもないやろうし」
 アルゴが言葉を言い終える前に答えを述べる少女。その答えはアルゴの想像と合致した。それもそのはず。水色の髪の毛で隠れてはいるが、よく見ると小さな猫耳が生えており、人よりも歯が鋭い。それに決定的なのが、左腕だけであるが、猫のようなしなやかな毛並みが生えていた。おそらく、猫の魔と人間の子どもなのだろう。
 そんな少女に興味を抱いたアルゴ。少女に自分の名を名乗る。
「アルゴか、ええ名やなぁ。うちはミクス。アルゴ、ホンマ助けてくれてありがとう。いろいろ話聞きたいししたいけど、今はそうも言ってられへんもんな……って、ごめんな。勝手に話進めとるけど、これ以上アルゴを巻き込むわけにはいかんよね。ここに来たってことは『レーベ』を目指しとるんやろ? うちはもう大丈夫やから気にせんと行ってええよ」
 テンションが上がったと思ったら、急に落ち込むというか申し訳なさそうな表情になるミクス。どうしてまぁ、アルゴの下には感情の起伏の激しい者が集まるのだろうか。
 しかし、そんなミクスに対し、アルゴは横に首を振った。
「そうはいかない。こうなった以上、放っておけるような性格でもないのでな。こっちから巻き込まらせてもらう」
 予想外の返答だったのか、ポカーンとした表情でアルゴを見るミクス。
「ホンマに?」
「あぁ、本当だ」
 ホンマという言葉は聞きなれない。いや、しゃべり方自体聞きなれない感じだったが、なんとか頭の中で意味を解読する。これも後で聞いてみようと思うひとつの事柄である。そして、アルゴの読解は当たっていたようで、ミクスの目に涙がたまってきていた。
「ホンマありがとうなアルゴ。うちはアルゴに助けてもらって幸せ者や! うちの姿を見て気持ち悪くならへんし、めっちゃええ人やし……。もう、どう感謝したらええかわからへんわ」
 アルゴに飛びつきながらそう言うミクス。良くも悪くも感情を表に出すのがうまいようで、感謝している気持ちが痛いほど伝わる。
「感謝の気持ちはとても伝わった。とりあえずまずは休息だ。ずっと逃げていたんだろう? ちょっと横になるといい」
 少女といっても女の子であるミクス。そんなに女性の耐性のないアルゴは、少し照れながらミクスを引き離し、寝ることを進める。
「ホンマ優しいなぁ。確かに、言われてみたら一気に疲れがでてきたわ……。ちょっとお言葉に甘えてええ?」
「あぁ。見張りなら俺が受け持とう」
「何から何までおおきに……」
 そう言い、簡易的なベッドに寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めたミクス。相当の疲れだったのだろう。とても気持ちよさそうに寝ている。
(それにしても今日はいろいろなことがありすぎたな……)
 この一日でどれだけ驚いただろうか。混血の少女の存在。混血の少女を狙う魔の存在。他にもさまざまな疑問がアルゴの中で生まれた。ひとつひとつ聞いていきたいところであるが、今は目の前の現状を打破しなければならない。疑問は心の底に封じ込め、今はミクスを守るために見張りを続ける。


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その力、混血の証なり 

「おかぁ! おとう! 見てえやこれ!」
 なんや、また懐かしいな。久しぶりにこの夢見るわ。きっと落ち着いとるからやな。
 ホンマこのころは幸せやった。確かに世間はうちらを虐げとったよ。それはうちかてわかっとった。人間魔族を頑なに嫌うもんな。まず、魔族魔族と呼ばへんもん、魔とか言いよる。略すなっちゅう話や。でも、人間は幸せまでは奪わへんかった。きっと怖かったんやろな。人間って魔族よりもよっぽど怖がり屋や。怖いからあんな理不尽に争うんやろうし、怖いから逆に争ってこうへん。ある意味うちらからしたらええ話やわ。まぁ、うちのおとうはそんなんやないけどな。いつもはおちゃらけとるけど、いざというときはどんな人間より強い芯を持っとる。そんなおとうがうちは好きや。
 人間に比べて魔族は活発や。あいつらは自信に満ちあふれとる。自分たちの利益になることならどんどん実行してきよるんや。その結果、うちらの幸せは奪われた。うちは魔族が許されへん。けど、おかぁは好きや。おかぁはかゆくなるくらい優しいしな。
 なぁ、おかぁ、おとぅ。うちはまだ生きとるで。おかぁとおとんの娘として生きとる。証明もちゃんとあるからね。混血のうちしかできひんもんあれは。うちはそれが誇りで仕方ないんや。

                Episode13 混血の証

「ふわぁぁ……」
 夢の終わりとともに現実へと引き戻されるミクス。それに気付いたアルゴがミクスの下へ動く。
「もう起きるのか? まだそれほど寝ていないと思うが……」
 ミクスが寝てから、まだ二時間ほどしか経っていない。さすがにそれほど早くに気付かれることもないと考え、もう少し寝ていた方がいいのではないのかという考えを促すアルゴ。しかし、そんなアルゴの提案に対し、ミクスは首を横に振る。
「大丈夫やでアルゴ。おかげさまでゆっくり寝かせてもろたわ」
「しかし……。そんな小さな体で今まで逃げてきていたのだろう? 俺のことは気にしなくていいぞ」
 いくら魔族と人間の混血といえど、実体はまだ幼い少女。きっと無理をしているに違いない。アルゴはそう考える。しかし、そんなアルゴの考えを覆す事実が発覚する。
「そうか、アルゴは知らへんのか。魔族ってな、そんな睡眠時間とらへんねん。混血であってもそれは多少受け継がれとるんよ。二時間も寝たら、そやなぁ……人間の一日分の睡眠に匹敵しよるな。やからぜんぜん大丈夫やで」
 そういえばラヴィもそれほど睡眠時間をとっていなかった気がする。事実の発覚に驚きながらも、アルゴは理解し、そして納得した。
「そういうことやから大丈夫やで。というか、アルゴは睡眠とらんの? 人間って疲れもすごいから眠たいんちゃう?」
「いや……問題ない」
 確かに疲れていると言われれば疲れているし、眠たいと言われれば眠たい。しかし、ここで眠ってしまえば、ミクス、さらには自分を危険にさらすこととなる。ここで寝てしまうわけにもいかないのだ。なので、その申し出を断る。
 しかし、そんなアルゴの反応に不服そうなミクス。ジロッとした目つきでアルゴをにらむ。
「眠いやろ、明らかに眠そうやで。あれやろ、自分が寝たら危険やとか思ってんねやろ。確かにアルゴは強いかもしれへん。でも、だからって疲れを隠すことなんかないんや」
 ジロッとした目つきで話しているかと思えば、急に悲しそうな表情に切り替わる。ミクスはフーレン以上に感情の起伏が激しいといえる。
「うちは死んでもお荷物にはなりとうない。出会ったばかりの、しかもこんな小さい餓鬼が何言うてんねんって思うかもしれへん。でもな、信じてくれへん? うちのために無理をされるのは耐えられへんねん。うちなら大丈夫やから、ここは一発信じてみてくれへんか?」
「……」
(そこまでおおごとではないのだが……)
 心の中でそうつぶやくアルゴ。だが、こういう頼まれ方をされてしまっては断るに断れない。
 当然熟睡するつもりはない。敵の気配には注意しながら、しばしの休息をとることにする。これが休息になるとは到底思えないが、こんな小さな少女の純粋な心を無下にするわけにはいかない。どうも、アルゴの正義感というやつをミクスはうまくかき立ててくれる。
 こうして、見張りを交代するといった形で時間が進む。ミクスはアルゴが休息を受け入れてくれたことがうれしかったのか、ニコニコした顔で見張りを引き受けている。対するアルゴは神妙な顔つきで、目こそ閉じているものの気を周囲に張り巡らせている。これではどちらが休息をしているのかわからない。

 しばらくの時間が流れた。一体コング兄弟はどこを探しているのだろうか。あれが上級魔族というのが逆にびっくりである。
 この長らくの時の流れには、さすがのアルゴも意識が薄れてきた。これではいけないと気を引き締めるのにも限界がある。そして、ちょうどそんなときだ。ミクスが血相を変えてアルゴの下へ駆け寄ってきた。
「大変やアルゴ! 来よった! 間違いなくあいつらや!」
 居場所を突き止められたようだ。アルゴは急いで起き上がり剣を取る。しかし……。
「いや、そんな焦らんでええで。おそらくまだ二分くらいかかると思うわ。ここで逃げるのも手やで!」
 ミクスが逃亡を促す。だが、アルゴはそんな助言を無視して問う。
「二分だと? ミクスはそんなに目がいいのか? 俺でも気配は感じなかったというのに……。気のせいではないのか?」
 もっともな疑問である。なぜ、ミクスはそれほど正確な情報を伝えることができるのか。アルゴは不思議で仕方なかった。
 しかし、そんなアルゴの疑問にはお構いなし。アルゴの服のそでをクイクイっと引っ張って逃げようアピールをする。
「それはまた後で教えるわ。でも、今は逃げんと!」
 必死な形相でそう言うミクス。しかし、そんな提案に対し首を横に振るアルゴ。
「分かった。それは置いておこう。しかし、逃げることはできないな。ここで迎え撃つ」
「何言うてんねん! 相手は上級魔族二体やで? アルゴが強いのはあの攻防でよう分かった! けどむちゃや……。逃げるのが得策やとうちは思う」
 この分からず屋といった表情でアルゴに反論するミクス。しかし、アルゴに引く気はない。
「逃げ続けるよりはマシだ。それに、俺はあの二体よりももっと上級で誇り高い魔と戦ったことがある。さっきミクスは信じてくれといったな。なら、俺もその言葉を返そう。出会ったばかりで実力も定かではない剣士かもしれない。だが、俺は大丈夫だ。そんな俺を信じてみてくれないか?」
「うっ……」
 これは見事な返し。これにはミクスも何も言えない。というよりも、少しかっこいいとまで思ってしまった。思わず頬を赤らめてしまう。
「わ……分かった。けど、無理はアカンで。約束やで?」
 頬を赤らめながら心配そうな表情でアルゴを見つめるミクス。そんなミクスに対して素直に約束を交わすアルゴ。
「あぁ。それは承知した。そして、そんな話をしているうちに相手が来てしまったようだ。これはもう逃げようがないな」
 大きな気を感じたアルゴ。これは間違いなくあのコング兄弟であろう。そして、本当にここまで二分程度。ミクスの言っていたことが現実となった瞬間だ。
「おい、間違いねえな。あれは間違いねえなウータン」
「俺の目に狂いがなければ間違いあるめえよオラン兄ちゃん。ツキはこっちにあるぜ」
 コング兄弟が二人の前に現れる。きっと血眼に探したのであろう。その顔は怒りに満ちあふれている。
「大丈夫かアルゴ。なんやあちらさんは相当ご立腹やで」
 目はコング兄弟を凝視しながらも、引きつった顔でアルゴに語りかけるミクス。
 それに対し、アルゴは静かに剣を抜く。
「あぁ。心配ない」
 攻めの構えに転じたアルゴは、不意打ちといえるほど脈絡なしにコング兄弟へ間を詰める。アルゴはコング兄弟をミクスへ近づけたくなかった。できるだけミクスの遠くで二体を相手して、ミクスの安全を確保したかったのだ。
 しかし、この行動はコング兄弟にとって好都合。わざわざ向こうから自分たちの領域に入ってきてくれたのだ。これほど簡単なことはない。
「おい、あいつ馬鹿だな。自分を、クイーンを守る屈強なナイトとでも勘違いしてるんじゃないか」
「本当だな。このコング兄弟を二人同時に相手することがどれほど無謀なことか、勘違いナイトに示してやろうぜオラン兄ちゃん」
 間を詰めたアルゴの斬撃。いくら相手がミクスを狙う敵といえども、無益な殺生をしたくないアルゴは峰打ちを試みる。だが……。
「おいおい。さすがにそいつは張り合いねえぞ。お前の剣は飾りかよ?」
 防御することもなく、体で峰打ちを受け止めるオラン。そこでできた隙をウータンが狙う。
「そらよぉ!!」
 ウータンの攻撃。しかし、これも修行のたま物だろう。素早く剣を引き、身をかわすアルゴ。ウータンの攻撃の遅さが幸いした形だ。
「またかわされちまった……。そんなに遅えかな?」
 これにはウータンも落胆を隠せない様子。
「まっ、気にしても始まらねえ。一発当てりゃそいでしまいだ。気にするな」
 ウータンを元気づけて士気を上げるオラン。
「……仕方ないか」
 峰打ちを諦めて斬撃に切り替えるアルゴ。さっきはオランに受け止められたので、攻撃の対象をウータンに変える。
「そんな斬撃じゃ効かねえよぉ!! 殺す気できてねえなタコ助が!!」
 これまた防御ではなく斬撃を体で受け止める。だが、この尋常じゃない耐久力はなんだというのだろうか。斬撃を食らわせたはずなのに効いたそぶりがない。
「手本を見せてやるぜウータン!」
 そして、オランの攻撃。また身を引こうと考えたが、ひとつの誤算。
「早い!」
 そう、オランの攻撃は少しウータンよりも早かった。なので、身を引くことを諦めて剣で受け止めることを試みる。
「ぐっ……」
 予想を超える攻撃の重さ。剣で受け止めたというのにしびれがとれない。
 これを好機と見たコング兄弟は、二人で攻撃に移る。
「一人ならばかわせるだろう俺らの攻撃」
「しかし、二人ならばかわせまい」
『これぞ、兄弟の絆よ!!』
 決め台詞のような言葉を発しながら攻勢に移るコング兄弟。しかし、コング兄弟の言うとおり、アルゴは剣で受け止めることしかできない。
 その攻撃のひとつひとつはとても重く、次第に防御も薄れてくる。しかも攻めの構えだ。弾かれるのも時間の問題であろう。
「これで!」
 ウータンの一撃で防御が弾かれる。
「終わりだ!」
 そこにオランの攻撃。一撃くらうことは決定的だ。
(まずいな。ここは耐えなければならない。ラヴィほどではないにしろ、この攻撃は大ダメージになるな……)
 アルゴも一撃を食らうことを覚悟した様子。だが、本気ではないにしろラヴィの一撃を耐えたことがある。それもあってか、一撃でやられる自信はなかった。
 しかし、何やら妙だ。なぜかかすかにオランの攻撃の風圧とは違う音が聞こえる。そして、その音は次第にこちらに近づいてくるように思えた。
「メージャンフレイム!!!!」
 絶望的な状況に横やりが入った。なんと、大きな赤い球体がオランを吹き飛ばしたのだ。
『なっ……』
 現状を見ていたアルゴとウータンが目を丸くして驚く。
「なんとか間におうたわ。アルゴがうちを引き離してくれとったおかげで上級魔法を放つことができた。助かったでアルゴ」
 アルゴの目に映ったのは、大きな赤い球体を放って満足そうな顔をしているミクスの姿。そして、聞いたことのない『魔法』と呼ばれる言葉。
 あのオランを吹き飛ばすほどの威力。感じただけで相当なものだと分かる。ミクスはまだ小さな少女だ。だが、たしかに放たれた。小さな少女からは想像もつかないほどの強力な『魔法』と呼ばれる技が、確かに放たれたのだ。


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魔法は思いとともに 

「魔法……魔法ときたかい。大丈夫かオラン兄ちゃん……って、オラン兄ちゃんが気ぃ失ってやがる。まっ、燃えてないだけ幸いか」
 一撃か……。俺の剣でもびくともしなかったというのに、なんという威力だ。
「まっ、これでなんとか殺されずに済むな。それに、このまま戦っても分が悪いか」
 ウータンがオランを担いだ。どうやら引くようだな。しかし、ここで逃がすわけにはいかない……。
 だが、だめだ。どうしようにも体が動かない。旅に出るとはすごいものだ。こんな数年のうちに、味わったこともないような驚きと何度も出くわす。言語を話せずとも心が通じ合える魔の家族。人間の言語も扱える上級魔族。魔でできた初めての心友ラヴィ。混血の少女ミクス。そして……魔法。これだけ立て続けに驚くことがあると身がもたない。
「何しとるんアルゴ! しっかりしぃ!」
 ミクスの声が聞こえる。だが、今はそんなことを気にしている余裕はない。しっかりしないといけないのはわかっているが、こんなものを見せられてしっかりしていられるほど強くはない。
 師匠。いつだったかあなたの言葉を思い出す。あなたは俺に「いつか私の下を離れなさい」と言った。俺は子どもながらに嫌だ嫌だと反対したが、今、あなたの言っていた意味が分かった気がする。世界とは……俺が思っているより広く未知。そして、これだけ興味深いものだとは思いもしなかった。

                   Episode14 魔法

 混血の少女の騒動から一日の時が流れた。コング兄弟は引き、二人も無事に『レーベ』に到着。しかし、アルゴがほぼ放心状態だったため、そうそうに宿を取り、一日の休息をとることとした。ちなみに、ミクスの左腕は村人にみられると魔族と間違われる恐れがあるので、いつもはまくってある長袖を伸ばして隠してある。
 アルゴの頭の中は驚きでいっぱいだった。正直、ミクスに聞きたいことはたくさんある。だが、それにはまず自分が落ち着かなければならない。必死で混乱する心を静めるアルゴ。そして、そんなところにミクスが現れる。それも、心配そうなのかニコニコしているのかよくわからない表情で。さらには風邪の定番、おかゆを持って。
「大丈夫? けどもう安心やで。気分が優れないときはおかゆがいいとおかぁから聞いとるからな! このミクスちゃんが腕を振るって作ったおかゆを食べて元気になってや」
 気分が優れないといっても風邪ではないのだが……。心でそうつぶやきながらも「ありがとう」とおかゆを受け取るアルゴ。少女といってもやはり女性。見た目は普通に美味しそうなおかゆ。何の警戒もなくおかゆを口に運ぶ。
「ふぐっ!?」
 だが、現実は甘くない。ラヴィの一撃を受けた時よりも苦しそうな顔を浮かべるアルゴ。
 見た目は普通に美味しそうなおかゆ。しかし、その味は何よりも強烈な一撃であった。いったいどうすればおかゆをこれだけの殺人凶器にできるのか。このときばかりは魔法のことを忘れて、おかゆに対して疑問を持った。だが、そんなことは考えていられない。そんなアルゴの顔を見たミクスが、泣きそうな表情でこちらを見ているのだ。これは非常にまずい。これで魔法を撃たれてしまってもまずいし泣かれてもまずい。アルゴは生まれて一番の苦笑いでミクスに語りかける。
「泣きそうな顔をしてどうした? とても美味しかったぞ?」
 なぜか疑問形で美味しかったと発言してしまう。アルゴは、ここぞとばかりにフーレンの作った料理を思い浮かべる。いつもフーレンの料理を食べていたからか気付かなかった。フーレンは料理がうまかったのだ。そういえば、どこで食べる料理よりもフーレンの作った料理の方が美味しかった。久しぶりにフーレンの偉大さをかみしめるアルゴ。
 そして、見え透いたうそで塗り固めたアルゴの言葉は、当然ミクスの心に響くはずはなく、荒々しくおかゆを取り上げられる。
「あっ……」
 これほど気まずそうな顔をしたアルゴは見たことがない。確実に主導権を握られている形だ。
「もうええわ……。美味しいやん、めっちゃ美味しいやん。おかぁもおとぅも美味しい言うて食べてくれとったもん。うちが下手なんちゃう。アルゴの舌がおかしいんや……。まずい言う人に食べてもらいたくなんかありませんわこっちとしても」
 完璧にいじけた様子のミクス。涙を浮かべながら自分の作ったおかゆをバクバク食べる。こんな小さな少女のどこに入るのだろう。というより舌はどうなっているのだろう。あっという間におかゆを食べ終える。
「あっ……あの」
「何?」
 申し訳ないと話そうとしたアルゴに対し、ものすごくドスの効いた返事をするミクス。これには何も言うことができない。
「言いたいことがあったらはっきり言いや。もう一回聞くで……何?」
 さっきまで身を案じてくれていたミクスはどこへやら。ラヴィと出会ったころ以上の威圧感でアルゴを攻める。これに対し、アルゴはぼそっと「すまない」としか言うことができなかった。
 すると、どうしてだろうか。「すまない」というたった一言で、ミクスが笑顔になる。
「それでええんよ。まずいときははっきり言うてくれた方が気持ちええ。無理されんのが一番嫌いやねん。まぁ、もうアルゴに料理は作らんけどな」
 優しさと厳しさの融合はアルゴに相当なダメージを与えた。どうして自分は明らかに年下の少女に論されているのだろうか。なんともいえない気持ちでいっぱいになる。
「まっ、とりあえずこの話は置いとこうや。いろいろ間違った形かもしれんけど、アルゴも正気に戻ったみたいやし、話題変えよ。アルゴはうちに聞きたいことたくさんあるやろうし、うちもアルゴに聞きたいことがたくさんある。状況もとりあえず落ち着いたことやし、一度情報交換といこうや」
 話題を正しい軸に戻すミクス。過程はどうであれ、落ち着きを取り戻したアルゴ。素直にミクスの話題に応じる。

 情報交換するなかでいろいろな情報を得た。まず、聞きなれない言葉のことだ。
 これはミクスの父が原因らしい。ミクスの父は田舎の中の田舎の村である『ロンロン』出身らしく、そこでしか使われていない言葉だという。これは非常に納得のいく話である。
 こちらも今までの旅の経緯や仲間のことなども話した。ミクスにとって、とても興味深い話だったらしく、真剣に聞いてくれていたのがうれしかった。その中でも驚いたのは、いまや勇者ヴィレイの名前は世界全土にとどろいているらしい。というよりも、それは小耳にははさんでいたことだが、まさか家もなく魔から逃げ回っていた少女が知っているのに驚いた。
 続いて、これはかなり重苦しく話していたのだが、ミクスの幸せが奪われたのは今から一年ほど前らしい。ということは、ラヴィと別れたころあたりに魔がミクスの家族を殺したこととなる。一年も魔から逃げ回っていたかと思うと、アルゴの心はまたぐらついた。ラヴィの言っていた人間魔族もそれほど変わらないという言葉。これは真実だということなのだろうか……。
 そして、これが一番重要な話。先ほどアルゴを放心状態になるまで驚かせた魔法の存在だ。
「魔法を見たのは初めてやとしても、聞いたこともなかったん?」
 ミクスの素朴な疑問にアルゴはうなずく。
「なら驚いても仕方ないね。自分で言うのも恥ずかしい話やけど、魔法っていうのは三回運命に選ばれへんかったら使われへんねん。これはおかぁから聞いた話やねんけどな」
「どういうことだ?」
 よく意味が分からないので、思わず口をはさむアルゴ。
「今から説明するから待ちぃや。結論から言うで。聞いた範囲でしか分からんから確証はないけど、この世で魔法を扱えるのはうちと魔王だけや」
 その言葉にアルゴは驚く。しかし、口をはさむと余計にややこしくなりそうなので、黙ってミクスの話を聞く。
「そんで、なんでうちと魔王だけが魔法を使えるかやな。まず、魔法を使うには三つの条件がいるんや。なんやと思う?」
 不意に質問を持ちかけるミクス。不意の質問に驚いたが、真剣に考える。
「……。分からんが、とりあえず混血は関係ありそうだな」
 現在知っているミクスの特徴で、自分との違いはミクスは人間と魔の混血ということ。これは間違いなく関係あるとアルゴは予想した。そして、その予想は見事に当たる。
「さすがアルゴや。それは条件のひとつ。でもな、それだけやったらあかんねん。それに加えて才能、愛が必要なんや。どっちも文字通りの意味やで」
 混血、才能、愛。この三つの条件が必要となる魔法。アルゴの中でこんがらがっていた線がひとつとなる。確かに、この三つの条件ならばすべてがつながる。
「つまり、武かどうかは分からないが、才能をもった人間と魔が心の底から愛し合って生まれた子どものみが魔法を扱えるということか……」
「理解早くて助かるわ。それに付け加えると、子どもが心の底から親を愛してへんと魔法は使われへん。魔法の動力源は才能を持った混血の親への愛なんや」
 魔法とは才能を持った混血の親への愛の証明。ロマンチックといえばロマンチックな話だが、確かにそれなら扱える者が少ないのもうなずける話。まず、人間と魔が結ばれることじたいが奇跡のような話なのに、それに加えて才能と家族の愛……。しかし、となるとアルゴにひとつ疑問が浮かぶ。
「魔王も……魔王も混血なのか?」
「みたいやね。ごめんやけどそこは詳しくは分からへん。うちもおかぁから聞いただけやから……」
 質問に答えることができないことに申し訳ないという表情を浮かべるミクス。
「知らないものは仕方がない。しかし、本当にミクスは家族を愛しているのだな」
 ニコッとした笑顔で、落ち込むミクスの頭をなでるアルゴ。これにはミクスもうれしそうだ。
「当たり前や。だれがなんと言おうと、おかぁとおとぅはうちの家族や。混血がなんやねん。殺されたからってなんやねん。何がどうなろうと、おかぁとおとぅはうちの大事な家族なんや」
 うれしそうに、しかし涙を浮かべながらそう言うミクス。そんなミクスにアルゴが優しく語りかける。
「ミクス。お前には帰る場所はあるのか?」
 不意な質問に驚くミクス。だが、ミクスなりに内容を解釈することができた。それは、きっととても悲しい宣告。だけど仕方ない。そんな内容なのだろうと予感した。
「あらへん。でも気にせんでええで……あっ、助けてくれてありがとうなアルゴ。アルゴがおらんかったら間違いなくあのまま捕まっとった。ホンマに感謝しとる。でも、アルゴには旅があるもんな。それを邪魔するわけにはいかへん……。今日はゆっくり休んで明日に備えなあかんのちゃう? 出発するなら早い方がええもんな」
 ミクスは涙をこらえてそう言う。ミクスは無理をされるのが嫌いだ。でも、まだまだ小さい少女。嫌いであっても自分は無理をしてしまう。しかし、そんなミクスに対し、アルゴは驚いている。
「な……何か勘違いをしていないか?」
「えっ?」
 驚くミクスに対し、やっぱりというような表情でミクスに近づき、また頭をなでる。
「帰る場所がないなら俺と一緒に旅をしないか?」
 その言葉に、ミクスの頬が赤みを帯びる。
「えっ……」
 しばらくの沈黙が流れる。それは、まさかと言った表情のままミクスが固まってしまったからだ。アルゴは黙ってミクスの言葉を待つ。
「別れの言葉を言おうとしてたんちがうの? 一緒に行って……ええの?」
「あぁ。家族を大事にする者に悪い者などいない。大歓迎だ」
「アルゴ……ホンマおおきに……」
 無理をしていたミクスから涙があふれ出す。そんなミクスに対し、黙って頭をなで続けるアルゴ。こうしてアルゴの一人旅は、二人旅へと変わった。
 家族を愛する者に悪い者などいない。これはアルゴが生きてきた経験の中でもっとも断言できる意思。


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平凡な日々は彼らにとっては特別で 

「魔王様。コング兄弟からの報告が入りました」
「うむ」
「単刀直入に言うと、どうやらあの混血はただの混血ではないようです。オランを一撃で気絶させるほどの魔法を扱うようですから」
「強力な魔法……か」
 我のほかに魔法を使う者か。コング兄弟に追わせていた混血、まだ小さな少女なようだがそれほどまでに……。いや、当たり前か。あいつらの娘だ、強いに決まっている。
 しかし、混血か。我が父もそうだが、どうしてあんな愚かな人間などとつながることができよう。人間など私利私欲でしか動けぬ愚図どもだ。先に仕掛けてきたのは愚かな人間だというのに……人間どもは、我ら誇り高き魔族から世界を守っているなどと抜かしている。人間はどんな状況でも自分たちを正当化しなければ気が済まない生物。そんな生物となぜつながることができる……。
 だが、我が母は人間だ。それも、認めたくはないが尊敬できる人間だ。これほど尊敬できる人間はこの世にいまい。だが、愚かな人間は奪った。汚い欲望のために我が母を……魔族を……。
 許せぬ。我は人間を許せぬ。世界がどうであれ、我ら魔族は人間を許さぬ。多くの人間は理不尽な苦しみに打ちひしがれているのだろう。理不尽な悲しみで地を濡らすのであろう。だが、それもすべてお前たちの欲望が引き起こしたことだ。我は人間を滅ぼすためならばどんなこともしよう。そのためにも……あの混血が必要だ。
「獅子王」
「はっ!」
「コング兄弟とともにお前も同行しろ。こちらとしても遊んでいる余裕はないからな」
「かしこまりました。必ずや混血を魔王様の下へお連れしましょう」
 今に見ておれ愚かな人間ども。貴様らが虐げている混血は貴様らの希望だ。しかし、愚かな人間どもはそうとも知らずに虐げるのであろう。その狭い価値観と汚い欲望に後悔することとなるのだ。我はその日が待ち遠しい。愚かな人間の滅亡を我が親にささげよう。我が親よ。さすれば少しは安らかに眠れるであろう?

                   Episode15 平凡

 行動をともにすることとなったアルゴとミクス。ミクスはさっそく旅に出ようと促したが、アルゴはそれを断った。
 アルゴはもう一人旅ではない。ということは、何かに襲われたとき、この小さな少女を守りながら戦わなければいけないということだ。
 確かにミクスはオランを一撃で気絶させるほどの魔法を扱える。だが、どれだけ強いとしても実態は小さな少女。気楽に背を預けられると言われればそうではない。だからこそ今は修行をしたかった。幸いにも、『レーベ』という村は自然に囲まれており空気もきれい。それに、あの険しい森も修行にはもってこいなのだ。これほど修行に適した環境はない。
 そして、さらに理由がある。アルゴはミクスの魔法に興味があるのだ。正直、こういう類の魔法があると口でいわれても実感がわかない。なので、修行という形で実際に使ってもらおうという試み。
 アルゴはミクスに修行を提案した。すると、ミクスも納得したのかアルゴとの修行の日々に応じる。正直なところ、ミクスはうれしかった。一年も逃げ続けていた少女だ。こうやって同じ村で修行をしながら日常を過ごす。ミクスにとって日常は幸せだった。生物が何気なく生きている日常も、ミクスにとっては特別な時間。

 そうと決まれば、さっそく舞台を険しい森へと移す。ここならだれにも邪魔されることなく修行ができることだろう。
「修行っていうても何するん!?」
 目を輝かしながらアルゴに問いかけるミクス。ミクスの父以外と修行をしたことがないので新鮮なのだ。
 そんなミクスに対し、淡々と説明を始めるアルゴ。
「そうだな。別に大したことはしないが、素振りや精神統一、型の稽古などをする。本当なら実戦形式の修行もあるのだが、あいにく相手がいなくてそれはできないな」
 そんなアルゴの言葉に、さらに目を輝かすミクス。ニマニマしながら自分のことを人差し指で指すミクス。
「おるやーん。この森にはうってつけの相手がおるやーん」
 わざとらしく、遠まわしに自分のことだと説明するミクス。しかし……。
「そうなのか? この森にはそれほどまでに強い生物がいるというのか?」
 真意はどうなのか。まったくもって、ミクスを実戦相手としては捉えていない。そんなアルゴに対し、ミクスは大きく頬を膨らます。
「いや、明らかにうちやろ。今の流れはうちやろ。アルゴってそんな天然ボケを装うキャラやったん?」
「いや、そういうわけではないが……。ミクスが相手になるのか?」
 半信半疑で言葉を返すアルゴ。この返しではミクスの怒りを増幅させるだけだ。
「……アイス」
 不意に魔法を放つミクス。
「なっ!」
 反射的にかわすアルゴ。いきなりだったからか驚いた顔をしている。
 アルゴにかわされたアイスは木にぶち当たる。そして、その木の当たった部分を見てみると見事に氷結していた。
「相手に……ならん?」
 ドスの効いた声で、アルゴを脅すように語りかけるミクス。これには反論などできない。
「いや……そんなことはない」
 すると、ミクスの機嫌が直り、またニコニコした顔となる。
「せやろー。これでも魔法使いやねんでうちは」
 自信満々にそう言うミクス。アルゴは、ここで疑問をぶつける場だと判断する。
「ミクスは一体どんな魔法を扱えるんだ?」
 アルゴが興味を持ってくれたのがうれしいのか、意気揚々と説明を始めるミクス。
「そういえば、そんな詳しく魔法の説明してなかったなぁ。ええ機会やしアルゴには説明したる!」
「それは助かる」
 機嫌が直り、魔法の話を聞ける。アルゴにとって、これほどホッと胸をなでおろす状況はなかった。
「まず、魔法を放つ順序から話すな。魔法を放てるというても、無限に放てるわけやない。魔法を使うには自然の力を取り込むための精神力。親への愛を具現化する意思力が必要やねん」
 そう言うと、左手を前に出すミクス。
「まずは自然の力を左手に取り込む。今回はウィンドにしとこか。フレイムは木が燃えてまうし、アイスは見せたしな」
 そう言うと、何やら集中しだすミクス。そして、左手に薄い緑色をした球体型の風が現れる。
「これが自然の力。魔法の元や。うちは球体型に取り込んどるけど、別にそうせなあかんわけやない。ここは魔法使いのセンスやな。でも、これだけじゃ威力はまったくないねん。一度アルゴに向けて放つから何もせず食らってみ」
「……あぁ」
 ミクスの左手から球体型の風が放たれる。その風はまっすぐにアルゴに向かって飛んでいき、アルゴに当たる。確かにミクスの言うとおり痛みはない。緩やかな風がアルゴに流れただけだ。
「本当に痛くないな」
「やろ。けど、これに親への愛をブレンドしたら、ちゃんと実戦でも使える魔法になんねん。ちょっとびっくりするかもしれへんけど食らってみる? ウィンド程度の魔法やったらそんな損傷ないと思うけど……」
 さっきは不意にアイスを放ったのに、今回はちゃんと了解をとるミクス。この行動だけでも機嫌がいいことが分かる。
「構わない。見るよりも食らう方が感覚に残るからな」
「分かった。じゃあいくで」
 さっきと同じ要領で球体型の風を作るミクス。そして、親への愛をその球体型の風にブレンド。すると、薄い緑色をした球体型の風が濃く染まる。
 これがブレンドした証なのであろう。素人目で見ても威力があることが分かる。
「ウィンド!」
 アルゴへ向けて放たれる球体型の風。アルゴの数メートル前からすでに風が感じられるほどの威力。いつもなら慌ててかわしているところだが、食らうと言った手前かわすことはできない。素直に球体型の風を食らう。
「うっ!」
 予想以上に鋭い風。このウィンドという魔法はただ単に痛みを与える魔法ではないのだろう。それを踏まえたうえでウィンドという魔法を選んだことが分かる。
 しかし、その風は強烈な突風のようで、アルゴはいともたやすく茂みに吹き飛ばされる。木には当てないように考慮したのだろう。茂みがクッションとなり痛みはなかった。
 しかし、相手との距離を取るには最適の魔法。魔法は攻撃魔法だけではないことを知った。
「大丈夫?」
 心配そうに駆けつけるミクス。やはり、自分が魔法を放った手前心配になったらしい。
「あぁ。驚いたが問題ない」
 アルゴが大丈夫というのを確認してホッと胸をなで下ろすミクス。
「無事で一安心や。話を戻して、これが魔法を放つ順序やな。後、話すことと言えば類やね。とりあえず、うちが放てる魔法しか分からへんけど、うちは攻撃魔法にフレイム、アイス、サンダー、クレイ。補助魔法にウィンド、サーチを使えるんや」
「サーチ?」
 サンダーは雷。クレイは地のことのようだ。サンダーは受けると相手をしびれさせることができる。クレイは単純に物理攻撃系の魔法らしい。そして、サーチのことを聞く。
「これは前使ったで。コング兄弟が二分前に現れることが知れたのは、このサーチのおかげやねん」
 ここでアルゴの謎がひとつ解ける。つまり、サーチとは相手の気配を感じ取れる魔法。相手に気付かれないようにこちらは相手の動向を探れるというわけだ。この魔法は重宝するだろうとアルゴは思った。
「理解した。それは便利な魔法だな。さらにもうひとつ聞いてもいいか?」
「ええよ。いくらでも聞いて」
「ありがとう。オラン相手に放ったフレイムは、さっきのアイスやウィンドと同じ球体だったが、大きさは段違いだった。あれはどういうことなんだ?」
 アルゴの疑問は、オランを一撃で気絶させたフレイムに移る。アルゴはあの光景が頭から離れないのだ。あの大きな赤い球体は、さきほどのアイスやウィンドの非ではないほどの大きさだった。それが謎だったのである。
「簡単な話やで。あれは攻撃魔法の中の上級魔法や。取り込む時間かかるけど威力は普通のフレイムとは桁がちゃう」
 聞いてみれば簡単な話。どうやらあれはフレイムの進化系とでもいうものなのだろう。まだまだなのであろうが、魔法の基本的な部分は理解したアルゴ。次はこちらが要求に答える番である。
「ありがとう。よし、次は俺が付き合おう」
 そう言うと、剣を構える。構えは防御の構え。
「もしや……もしやもしやもしや! これは実戦ちゃいますか! アルゴさん。これは実戦やんな!?」
 うれしすぎて、わめき散らすように言葉を発するミクス。それを見たアルゴは、少し引き気味の笑顔を浮かべる。
「ミクスはどうしてそんなに実戦形式の修行がしたいんだ? 戦いが好きなのか?」
 素朴なアルゴの質問。そんな質問に対し、ミクスは首を横に振る。
「ちゃうねん。懐かしいんや。こうやっとると、おとうとおるときを思い出すねん。おとうにもこうやって修行してもろうとったなって思うたら、いやでも楽しくなってくるんよ」
 ミクスの純粋無垢な言葉に、自然とアルゴの気持ちが温かくなる。
「そうか。じゃあ修行を始めようかミクス」
「うん!」
 ミクスはどんなときでも家族のことを忘れない。そんなミクスの真っすぐな心に、アルゴの心は大きく動かされていた。
 自分が親代わりになれるなんて思っていない。だが、こうして相手になることで少しでもミクスの気持ちが安らぐのなら、少しでも長く、こうやってミクスの親代わりになっていたい。アルゴはそう思った。
 まだ出会ったばかりの二人。しかし、心の底からにじみ出たような柔らかな表情を浮かべる二人の姿は、だれがどう見ても親子そのものだった。アルゴにとってもミクスにとっても久しぶりの平凡な日常。しかし、多くの生物にとって平凡な光景だとしても、二人にはそんな平凡な光景が幸せだ。そんな平凡がいつまでも続けばいいのに……。二人は願う。


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平凡は遥か彼方へと 

「サンダー!」
「甘い」
「それはこっちのセリフや!」
「ぬっ!」
「どうや、様になってきたやろ!」
「あぁ、驚くほどにな」
 この三か月余りで、ミクスは本当に強くなった。初めは魔法しか使えず、実戦なんてとてもじゃないができたものではなかった。だが、こんなところで体術が役に立つとはな。
 もともとセンスがあったのだろう。接近戦もできるように体術を教えてみたら、みるみるうちに成長していった。初めは子どものお遊戯のようでかわいかったが、最近では実戦で使っても遜色ないほどに仕上がっているな。あんな小さな体で、よくあそこまで磨かれた体術を使えるものだ。そういえば、フーレンも小剣は存分に小回りが利くと言っていたか。正にその通りだな。小さいからこそ生きる体術もある。
 師匠。俺は旅に出ると決めた時点で、俺の素晴らしき平凡な人生は終わったと悟った。だが、ふたを開けてみればどうだ。俺は、またあのときのような気持ちを感じてしまっている。それも、今は俺が育てている側なんだ。
 本当に時の流れとは面白いものだな。まさか、俺がだれかに武を教える時が来るとは思いもしなかった。だが、その時の流れにより、この素晴らしき平凡な人生も長くは続かないだろう。平凡の終わりとは、いつも悲しいものだな……。

                Episode16 平凡の終わり

 アルゴとミクスが修行を初めて三か月余りが過ぎた。本当はこんなに長く滞在する予定はなかったのだが、あまりにも二人にとって修行が心地よいものだったので、離れることができなかったのだ。
 だが、そんな心地よい日々はあっさりと終わりを迎えることとなる。これは、アルゴが買い出しのために宿を出て村へ行き、ミクスがその留守番をしていたときのことだ。そんな何気ない日常に事件は起こった。

 アルゴが宿を出て少ししたころ、ミクスは暇そうにしながらも楽しそうにアルゴの帰りを待っていた。
 だが、まずここでミスをひとつ犯している。二人が『レーベ』で滞在を始めたころ、ミクスを狙う魔族への警戒のために、アルゴがミクスから離れるときはできる限りサーチを使うように心掛けていた。しかし、この素晴らしき平凡な日常が警戒心を薄れさせたのであろう。いまやそんなものは使っていない。アルゴも使うように言うことはなかった。
 そして、そんな日に魔族は現れる。まさか、二人が村を出ていないとは予想していなかった。なので、二人の発見に三か月余りの時間を要してしまったのだ。
「ようやく見つけましたね獅子王様」
「そうだな。移動をしていないとは盲点であった。しかし、混血を探す旅も今日で終わりだ」
「ですね。三か月分の怒りをぶつけてやる。それに、あの混血には痛いダメージを負わされているからな……」
 獅子王とコング兄弟が『レーベ』へと向かう。それにしても、獅子王という魔族は相当な上の位のようだ。あの上級魔族のコング兄弟が敬語で接している。
「魔……魔がきたぞぉぉぉ!」
 魔族が来た途端、血相を変えて動き出す『レーベ』の村人たち。
 しかし、獅子王たちはそんな村人たちは放置。あくまでも目的はミクスなので、無駄に人間を相手することなく、二手に分かれてターゲットのみを探す。
 当然、この騒ぎはアルゴとミクスにも伝わる。
「この騒ぎは……まさか」
「なんやこの騒ぎ! って……そうやった、うちは追われとるんやん。あかんやん。村におったら村人の迷惑になってまう!」
 一気に現実へと引き戻される二人。だが、時はすでに遅し。こんな山奥にある村、当然規模も小さい。見つかるのも時間の問題といえる。

 そんな状況で、まず窮地に立たされたのはミクス。
「あかん。まずは村から出な……!」
 そんなミクスの願いは砕かれる。大きな音とともにつぶされるドア。そしてそこには……。
「おっ、ターゲット発見だなオラン兄ちゃん。しかも、もしかするとあの長髪は留守じゃないか」
「そうだな。なんかよぉ、怒りが込み上げてきたぞ」
 運悪くコング兄弟と出くわすミクス。ここで戦うことも考えたが、どうやらそうはいかない。宿の隅で体を震わせておびえている宿の主人がいたのだ。
 宿の中では村に迷惑がかかると判断したミクス。宿の窓から外に出ることを試みる。
「クレイ!」
 黄土色の球体が窓を割る。この三か月余りで成長したのは体術だけではない。魔法を練り上げる時間も威力も、前より成長しているのだ。
「おい! いきなり逃げるときたか!」
「ちっ!」
 相手がコング兄弟で幸いした。それほど動きが機敏ではないコング兄弟よりも、先に窓から外に出ることに成功。それを、怒りの形相を浮かべるコング兄弟が追う。
「待ちやがれ!」
 ミクスを追うコング兄弟。しかし、ミクスはまだ止まることはできない。
「ここで止まるわけないやろ!」
 ここで戦っては、村にさらなる迷惑をかけてしまう。ミクスは戦うことを決意した。しかし、ここで戦うことはできない。できるだけ村から離れたいのだ。
「ここなら大丈夫やろ」
 そこは村から離れた草原地帯。この広い草原地帯を選んだのは理由がある。まず、今までの経験上、コング兄弟は機敏ではないことは明らか。それに対してミクスは小さく機敏。フーレンの言い方を借りれば、小回りが利くのだ。これならばミクスにも勝機があるかもしれない。
「おいウータン。この混血、場所が広ければ勝てるとか思っちゃってるぞ」
「本当だなオラン兄ちゃん。小さな勘違い魔法使いちゃんにちょっとお灸を据えてやらなきゃな」
 だが、コング兄弟は余裕の様子。万が一があるとも思っていない。誇り高き上級魔族のコング兄弟にとって、しょせんはミクスなど小さな魔法使いに過ぎないのだ。
「やってみいや。うちには二人もの教えが背を支えてくれとんねん。そう簡単にはいかへんで!!」
 今までの自分ならば、コング兄弟相手にこんなことは言えなかっただろう。しかし、今は違う。あのときの自分に加えて、アルゴとの三か月を経た自分がいるのだ。ミクスは自信があった。素晴らしき平凡な三か月は、ミクスを前へ押し上げた。

 場面は変わって『レーベ』。ミクスが草原へ逃走を始めたころ、アルゴもまた運悪く出くわすこととなる。
「獅子型の魔……」
 アルゴの目の先に、獅子王の姿が映る。それよりも驚くのは、まだこちらには気付いていないはず。なのにもかかわらず、修行を重ねたアルゴの本能が、頭いっぱいに危険と知らせるほどの威圧感を出している。
 そして、自然と出た緊張感は獅子王に伝わる。その瞬間、カッと眼を見開いてこちらを見る獅子王。さらに威圧感が増す。こちらを見たまま、悠々とアルゴの側へ近づいてきた。
「ほぅ。どこかで見たことあると思ったら、聞いたことのある顔だとはな……。顔の整った長髪剣士か。まさか買い物袋を持つ主夫だとは思いもしなかった」
 冗談なのかそうではないのか、よくわからないセリフを発する獅子王。それに対し、声の震えを必死で抑えながら言葉を返す。
「俺のことをどこで聞いた?」
 そんなアルゴの質問に対し、微笑を浮かべる獅子王。
「そう警戒するな。私はお主のことを気に入った2回。憤りを覚えた1回のお気に入りとして見ているのだ。いきなり襲いかかったりはしない」
「質問に答えろ……」
 ふざけた回答を続ける獅子王に対し、鋭い眼を向ける。
「解けと言われて解けるものでもないか……。その質問に答えるならば、ラヴィとコング兄弟と答える。ラヴィは心をつなぎ合える友と出会ったと興奮していた。私も人間に対してそれほど憤りを感じているわけではないからな。お主を紹介したかったのだろう。そのことで、まず私はお主にいい方で興味を抱いた。いつか話してみたいと思っていたところだ。しかし、そんなときにコング兄弟の報告だ。まさか、同じ特徴の剣士が混血を助けるとはな。私は別人であると信じていたかったが、ここにいるということはそうなのであろう?」
「だとしたらどうする?」
 アルゴのこの言葉で、獅子王の目が鋭くなる。
「こちらとしても邪魔はされたくはないのでな。邪魔されないように立てなくする」
 どうあっても戦闘は免れない。しかし、最後にアルゴは聞いておきたいことがあった。
「どうしてミクスを狙う?」
「あの混血のことか? それは言えないな。お主にも言えぬことのひとつくらいはあるだろう。今回はそのケースだ」
 ならばもう語ることはない。買い物袋を地に置き、剣を構える。それも、防御の構えでも攻めの構えでもない。いきなり本来の構えだ。それほど危険な相手とアルゴは認識した。
 そんなアルゴに対し、獅子王は両手を上にあげ、降伏のポーズを取りながら言葉を発する。
「落ち着きたまえ。ここで戦うのは人間にとっていけないのではないのかね?」
「……」
 そう。ここは『レーベ』。ここで戦っては村に被害が出る。まさか、それを魔族である獅子王に指摘されるとは思わなかった。
 警戒はしながらも、そっと構えを解くアルゴ。
「そうだ。残念ながらここで戦っても盛り上がりもしない。賭けなどが発生すれば面白いのだが、そういうわけにもいかないのだろう。戦いは村から離れた森でおこなおう。魔法使いもいないことだ。十分戦うスペースはある」
 主導権を握っているのは完璧に獅子王。ここまで言いくるめられたのはラヴィを合わせて二度目だ。

 森へ移動するアルゴと獅子王。もしかすると、油断させて襲ってくるのではないかと警戒していたアルゴだが、そんなことはなく、何事もなく森へ着く。
「ずっと警戒していたようだが、何もしなかっただろう? お主にとって、私は相当信用がないように見えるな」
 あきれたようにアルゴに語りかける獅子王。
「当たり前だ。ミクスを狙うというのならなおさらな」
「確かにそうだな。ならば話していても仕方がない。お望みどおり戦おうか」
「……」
 改めて本来の構えを取るアルゴ。そんなアルゴを見て微笑む獅子王。
「いい構えだ。よく鍛えられている」
「なっ……!」
 アルゴは驚いた。なんと、獅子王が背から取り出した物。それは大剣。獅子王も剣士であった。アルゴと同じ剣士であった。
「そういえば言っていなかったな。こう見えて私は剣士だ。どうしてここまで不意打ちを仕掛けることもなかったか。その意味を教えてやろう」
 その言葉を最後に会話は終わる。一気に場の空気が変わった。ラヴィの非ではない威圧感がアルゴを包む。
 しかし、ここで引くわけにはいかない。相手は剣士。アルゴと同じ剣士なのだ。

 ――師匠。本当に時の流れとは面白い……いや、恐ろしいな。俺は、師匠以外の剣士に、この人生で一度も後れを取るつもりはなかった。だが、こんなときに現れてしまった。見ていてくれ師匠。俺は……久しぶりに剣士として、剣士を超える戦いをする――

 アルゴにとって、久しぶりの自分以上と感じる剣士。そんな剣士と今、対峙する……。


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戦いの勝者はいつもひとり 

「いいですか。武とは、まず自分自身を磨かなくては話になりません。武を磨くということは力を得るということ。力を得るということは生きる幅が広がるということです。しかし、それはいいことばかりではない。生きる幅が広がるということは、間違ったことも幅広くできてしまうということです。ですので、武を磨くということは力を得ることだけではなく、自分と世界を客観的に見る見極めが必要です。分かりましたか?」
「師匠。質問です!」
「なんでしょうフーレン」
「話が難しくてわかりません!」
「あらあら、それは困りました。確かにあなたたちにはまだ難しいかもしれませんね。なら、心の片隅にでも置いておいてください。今はそれだけで十分です。アルゴは何か聞きたいことはないですか?」
「……。もしもこの先、俺とフーレンが間違ったことをしてしまった。そうなったら師匠はどうする?」
「そのときは、私が責任を持ってあなたたちを斬りましょう。武を志すことでしか自分を表現できない私には、それくらいしか思いつきません。それとは逆に、あなたたちが危険にさらされたときも、私は剣を握るでしょう。そのときは私を見捨ててお逃げなさい」
 間違ったこと……だれにでもその人の正義と悪がある。一概には間違いなんて分からないでしょう。だけど、私はきっと握ってしまう。この子たちが私にとっての間違いを犯したとき、間違いに巻き込まれたとき、そのときはきっと握ってしまう。
 剣士というものも困ったものだ。優しい武を志していても、本当の意味で優しい武なんてものは作り上げることはできない。どこまで理想に近づけるか。それが、私の武……。
 短いようで長いこの人生。いつかそういうときもきてしまうのかもしれませんね。そのとき、私はこの子たちの下を離れなければならない。アルゴ、フーレン、こんな頼りない師匠ですみません。この先、あなたたちに寂しい思いをさせてしまうかもしれないと思うと……。
 いけない。何も起こっていないのにこんなことを考えてしまうのは私の悪い癖ですね。だけど、本当にそうなってしまったそのときは……頼みます。

               Episode17  小さな魔法使い

 ミクスとコング兄弟の戦い。タンカは切ったものの、上級魔族二人との戦いは難しい。なので、まずは距離を取って策を考える。距離を取れるという意味では、魔法使いにとってコング兄弟は戦いやすい相手ではある。
「簡単にいかねえとは言っていたが、そりゃ簡単にはいかねえわな。なぁ、ウータン」
「そうだなオラン兄ちゃん。逃げられちゃ俺たちも簡単に仕留められなんてしねえよな」
 距離を取るミクスを見て、高笑いしながらそう言うコング兄弟。自分たちにスピードが足りないことが分かっているので、ミクスを無理には追わない。しかし、逃げ切られるわけにはいかないので、ある程度の間は詰めている。
「メージャンフレイム!」
 そのおかげで上級魔法を放つことも容易。力押しで攻めると言わんばかりの真っ向勝負を仕掛ける。しかし、そんなメージャンフレイムを避けずに真っ向から受け止めるオラン。
「おいおい。いくら俺がお前の不意打ち魔法にやられたからってよ。これはいくらなんでも勘違いが過ぎるぜ!」
 なんと、受け止めた魔法の威力を力ずくで消してしまった。どうやら、真っ向から魔法を撃っても効き目はないようだ。
「そんな簡単にいくわけあらへんよなぁ……」
 早々に真っ向勝負を諦める。コング兄弟には、スピードがないぶん屈強な攻撃力と防御力がある。接近戦で勝てるとは考えずらい。ということは、隙を作る方法が思いつかない限りは、ダメージすら与えられないということだ。
 頭を悩ませ、考える。これだけ考えられるのも相手がコング兄弟だからこそ。しかし、ずっと待ち続けるほどコング兄弟もやわではない。
「そろそろ行くかウータン」
「OK。オラン兄ちゃん」
 なんと、突如ウータンがオランをジャイアントスイングのような形で振り回し始めた。その勢いで、オランをミクスの方向へぶん投げる。
「なっ、なんやねん!」
 飛んできたオランを軽い身のこなしでかわすミクス。しかし、これこそがコング兄弟の狙い。
「捉えたぜ」
 投げられたオランは、ちょうどミクスがかわした直後に地へ落ちる。
「そんなん荒っぽすぎるやろ!」
「うっせえ。なんとでも言え」
 無理やりではあるが、オランがミクスの至近距離まで間を詰めた。距離を取ろうにも、反対側からはウータンが逃げ道をふさぐように詰めてきている。簡易的ではあるが挟まれた状態だ。
「さぁ、俺が望みに望んだ接近戦……やろうか」
 ミクスに攻め入るオラン。
「……上等や!」
 そんなオランの攻撃を軽い身のこなしでかわしながら、小手先のカウンターで反撃する。
「なんだ、体術もできたのか。だが、攻撃が軽すぎて痛くもかゆくもねえ!」
「うっさいわ。チリも積もれば山となる!」
 コング兄弟相手に、体術はまったく効き目がない。しかし、カウンターを止めないミクス。三か月修行した意地というものがあるのだろう。だが、それも無力に終わり、ウータンも接近戦に加わる。
「一人ならばかわせるだろう俺らの攻撃」
「しかし、二人ならばかわせまい」
『これぞ、兄弟の絆よ!!』
 アルゴに言った時とまったく同じ言葉を発するコング兄弟。やはりこの言葉は決め台詞なのだろう。
 だが、兄弟の絆というだけあってコンビネーションは完璧。小回りが利くミクスもかわすのがつらくなってくる。
(厄介やなぁホンマにもぉ……。こうなったら一か八かこっちも強行作戦や)
 ミクスがとった行動は魔法の取り込み。攻撃をかわしながらの魔法の取り込みは神経を大きくすり減らす。しかし、そんなことは言っていられない。一か八かで魔法を取り込む。
 魔法を取り込み、ミクスの左手に薄い緑色の球体が現れる。そして、その球体に親への愛をブレンド。立派な緑色の球体となる。
「ウィンド!!」
 ウィンドの魔法がコング兄弟を襲う。
「魔法は効かねえって! なにっ!?」
「風が!」
「どうやら成功見たいやな」
 この魔法をかわされたら、ミクスには打つ手がなかった。しかし、コング兄弟は受け止めてくれたのだ。考えてみれば、コング兄弟はミクスが放つ魔法のすべてをかわすことはなかった。コング兄弟は自分たちの防御力に絶対の自信を持つ。だからこそ、不意打ちでさえなければかわす必要などないという考え。この戦いは、そこに隙があるとミクスは考えた。
「いける……いけるでこれ……」
 ウィンドによって吹き飛ぶコング兄弟を見て、ミクスは一筋の希望を見いだした。考えた後は実行するのみ。コング兄弟の行動をよく観察する。
「どんなからくりかしらねえがなめやがって……。おいウータン。今の混血の状態で、俺らから逃げられると思うか?」
「いや、思わねえよオラン兄ちゃん。だって、息切らしてたぜ。逃げる体力はねえだろうよ」
「いい洞察力だウータン。もう待ってやらねえ。一気に詰めるぞ」
「おぅ!」
 特攻のような形で全力で間合いを詰めてくるコング兄弟。それに対し、ミクスは大きな黄色の球体を練り上げていた。
 そんなこともお構いなしに接近戦の間合いへ入るコング兄弟。
「また魔法か。でもよぉ、いくら吹き飛ばしても俺らを倒せはしねえ!」
「そう、俺らは誇り高きコング兄弟。なめんじゃねえぞ!」
(まだ、まだや。ここで撃ってもまだ当たるか分からん。撃つなら最高のタイミング。そうや、カウンターや。アルゴに教えてもろうたカウンターや)

 ミクスは三か月の間、自らの魔法の強化。そして、アルゴに体術を習っていた。だが、その小さな体で相手に大きなダメージを与えるのは難しい。しかし、ミクスには小さいからこその小回りがある。軽い身のこなしで相手の攻撃をいなし、隙を作らせることができる。
「そうじゃない。ただ攻撃をかわしていても、隙を作らせることなどできん」
「どゆこと? かわしてスパーンやないん?」
「原理はそうだが、かわすにもかわし方がある。これは実戦で感覚をつかんだ方が早いな。ミクス、俺の攻撃をかわしてカウンターしてみろ」
「ええよ! 気絶しても知らんで!」
 アルゴの体術をかわすミクス。小回りが利くミクスにとって、アルゴの体術はかわせないものではない。しかし、不思議だ。いくらかわしても、そこから自分が攻撃に移るチャンスが見当たらない。結局、アルゴが体術を中断するそのときまで攻撃に移ることができなかった。
「なんでやーー! ちょっと大人げないんちゃうかアルゴ! あれやろ、隙のない体術の自慢やろ!」
 あまりにも攻撃に移れないことで、あらぬ言いがかりをつけるミクス。
 対して、そんなミクスに困りながらも声をかけるアルゴ。
「……隙のない体術などは存在しない。さぁ、次はミクスの番だ。ミクスが俺に攻撃してみろ。俺がそれにカウンターをする」
「知らんでー。うちは今憤怒しとるからなぁ。気絶しても知らんで!」
 何やら、さっきも聞いたようなセリフをはきながら攻撃を開始する。アルゴは体が大きい分小回りが利かない。しかし、うまく立ち回りながら器用に攻撃をかわす。
「なんや! アルゴもうちの隙のない見事な体術にカウンター……あれっ」
 ミクスは、何やら実体のない違和感に包まれた。明らかに優勢のはずなのに、この操られている感じはなんなのだろう。
 ミクスがそう思った時には、すでにアルゴの拳はミクスのあごの下にあった。
「今のが戦いだったらアッパーが決まっていたな」
「なんで? 明らかにうちが優勢やったやん!」
 不思議そうな顔でアルゴに聞くミクス。
「そう思わせるのがコツだ。カウンター狙いと悟られないようにかわしながらカウンターを狙う」
 原理を詳しく説明するアルゴ。
「まず、頭の中に狙いたいカウンターの決めを思い浮かべる。別にどれだけ遠回りしても構わない、基本はそこに向かうようにかわしていく。自然にその決めまで持っていければ、あとは狙うだけだ」
「原理だけ聞いたら簡単やなぁ」
 そんなミクスの疑問に対し、首を横に振るアルゴ。
「簡単なように見えるが難しい作業だ。しかし、これは魔法にも応用できるからミクスに適していると思ってな。ミクスにはこれを覚えてもらう」

 ――分かっとるよ。アルゴ、うちは出来た弟子やろ? うち、ちゃんとアルゴの教え覚えとるんやから――

 魔法の取り込みはすでに完了している。だが、まだ撃たない。ちなみに、魔法は保つだけでも神経を大きくすり減らす。それも上級魔法となるとなおさら。さらには、コング兄弟の攻撃をかわす体力消費も加算される。ダメージを負わずとも体力は奪われ続けるというわけだ。
 しかし、ミクスはかわし続ける。自分が思い描いたカウンターヴィジョンと重なるように、誘導するように攻撃をかわす。
「どうした魔法使い。その魔法は撃たないのか!? 飾りかよ!」
 攻撃を続けるコング兄弟。そんなことを繰り返すのちに、コング兄弟に最大のチャンスが訪れる。
「きゃっ!」
 なんと、ミクスの体がかわすことに耐え切れず、尻餅をつくように転んだのだ。これにより、もう攻撃をかわすことはできない。コング兄弟がミクスを追い詰めた形だ。
「こいつは年貢の納め時だな魔法使い」
「そうだなオラン兄ちゃん。魔法を無駄にしておとなしく捕まれや!」
 ミクスを捉えたコング兄弟は、ミクスを気絶させようと拳を振りかぶる。しかし、ミクスは怖がるどころかニヤリと笑う。
「ここや。ここをうちは待っとったんや。あんたらがどんだけうちをなめとるか知らんけど、なめすぎは命取りやで……。ホンマ、笑けてくるわ!」
 今までずっと左手に維持していた大きな黄色の球体をコング兄弟に向けて撃つ。
「ライトニング!!」
 放たれた黄色の球体は、かわされることなくコング兄弟に命中する。しかし……。
「おいおい! 効かねえぞ魔法使い! お前の魔法はしょせんその程度か」
「当たり前だぜオラン兄ちゃん!」
 余裕を見せるコング兄弟。しかし、ウータンがある異変に気付く。
「おい、オラン兄ちゃん……動けるか?」
「……! 動けねえ! どういうことだこれは」
 思わぬ事態に慌てるコング兄弟。そんなコング兄弟の慌てように、息を切らしながら冷ややかな笑みを漏らすミクス。
「フレイム食ろうても燃えへん体や、きっとアイスでも凍らんねやろ。あんたらの表面はすごいわ。でも、神経はどうやろな? あんたらが神経まで鉄壁やったら無理やった。でも、そんなことはなかったみたいやね」
 ミクスは、また左手に魔法を取り込む。正直、魔法を取り込むだけでも意識がかすむ。しかし、ライトニングといえどコング兄弟相手にどこまで持つか分からない。だから、ミクスはまた魔法を取り込む。この一撃でこの戦いを終わらせるために、最後の魔法を取り込む。
 左手に浮かび上がるは大きな黄土色の球体。それは、コング兄弟も一度見たことのある単純な物理魔法。そんな単純な物理魔法を最後の魔法に選ぶ。
「グランドアース!!」
「……!!」
 大きな黄土色の球体が、しびれて無防備なコング兄弟にぶち当たる。それは、単純な威力ならばメージャンフレイムよりも強力な魔法。そんな魔法をもろに受けたのだ。さすがのコング兄弟もこれには耐えられるはずもなく、地に沈み、意識を失った。
 この瞬間、体の力のすべてが抜け、地に膝をつきながら息を切らすミクス。まさに勝利の実感というやつだ。
「やったった……。うち、やったったで!」
 そのまま気持ちのいい草原に寝転がる。しかし、大事なことを思い出しバッと起き上がる。
「しもうた! アルゴやん、アルゴどこ行ってん!」
 勝利の誘惑を振り払い、現状を理解しなおした。そして、また考える。
「もしかしたらコング兄弟以外にも魔族が襲ってきたかもしれん。それに巻き込まれてる可能性も十分にあるな。おそらく村にはおらんやろ……ということは村の外や。よっしゃ、うちはまだまだ無理するで」
 少ない神経をすり減らし、サーチでアルゴを探すミクス。すると、近くの森で大きな気配を二つ発見する。
「これや! 今行くでアルゴ!!」
 疲れもとらぬまま駆け出す。ミクスは、一刻も早くアルゴの無事を確認したかった。コング兄弟レベルの魔族が動いている以上、アルゴなら大丈夫という気にもなっていられないのだ。

「……」
「いい剣技だ。久しぶりに戦いが楽しく感じているよ」
 ミクスが駆け出したちょうど同時刻。ミクスが向かうそこでは、アルゴの首根っこをつかみながらそう言う獅子王の姿があった。


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体動かずとも心は動く 

「知ってるかい? 混血の魔法使いを捕まえるために、コング兄弟はまだしも、あの獅子王まで動いたって噂だよ。物騒なのは嫌だねえ」
「血気盛んなコングどもは分かるが、獅子王まで動くとは……。魔法使いってやつはそんな必要なもんなのか? 俺にゃよくわからんな」
「さぁねえ。魔王様は何にも教えてくれないからねえ……余計な詮索も無意味な気がするよ」
「確かになぁ。まっ、俺たちが気にすることじゃあねえな」
 魔法使いか。魔王の考えてやがることはよく分からねえが、あの人間嫌いの魔王のことだ。きっと争いのための何かなのは明白だな。まっ、そこは俺の気にするべきところじゃあねえな。
「……そういえば、獅子王とアルゴはまだ会えてねえのかな。あいつも珍しく人間嫌いじゃねえから紹介したが」
 獅子王か。魔族なのに剣を扱い、魔族なのに人間を殺すのを嫌がる珍しい魔族。アルゴも、人間なのに魔族を殺すのを嫌がる珍しい人間。こりゃ早く出会ってほしいぜ。きっとあいつらなら話が合うだろうよ。そうなりゃアルゴにとっても有益だ。
 なんせ獅子王は強いからなぁ……。あいつにゃ、アルゴとの再戦のために必死で鍛えた俺でも敵わねえだろうな。そんなやつを敵にすると、いくらアルゴでも殺されちまうぜ。でもまっ、性格的に敵になることはないな。うん、ないわ。
 しかしよぉ、時の流れとは早いもんだ。いつのまにか、アルゴにつけられた傷もふさがっちまってるってのに、そんな時間が経ってないように感じやがる。あいつは今ごろ何をしているんだろうか。俺と再戦するために修行か? 俺みたいな誇り高き魔族と触れ合ってるのか? 分かんねえけど、また俺たちはどっちかが意識せずとも自然と出会うよな。そんな気がするぜ。

                  Episode18 剣士

 圧倒的だった。結論から言えば、アルゴの剣技は獅子王に傷ひとつつけることすらできなかった。攻撃、防御、キレ、すべてにおいて獅子王が上回っていた。
「もう終わりかな?」
「……黙れ」
 獅子王の言葉に反応するかのように、つかまれている首根っこを振りほどき、距離を取るアルゴ。普通、ボロボロの人間がつかまれた首根っこを振りほどくことは難しいだろう。しかし、アルゴは難なく振りほどくことができた。獅子王がわざと力を緩めたのだろう。
「まだ剣を振るうか。お主もなかなか諦めが悪い男だな」
 アルゴが剣を構えたことで、獅子王も剣を構えなおす。
「……」
 攻撃を仕掛けるアルゴ。しかし、アルゴの鋭い斬撃は柔らかな剣さばきにいなされる。そして、いなされて隙を作られたところに強烈な峰打ち。血反吐をまき散らしながらその場に崩れる。
「ぐっ……がはっ……」
「そんな風に地に沈んでいても敵は待ってくれないぞ」
 先ほどのように首根っこをつかまれて無理やり持ち上げられるアルゴ。
「待ってくれないならなぜ斬らない? 敵を持ち上げる習性でもあるのか?」
 こんなときでも皮肉は忘れない。心からの敗北は認めたくないのだ。
「自惚れはよしてくれ。斬るほどの敵ならばすでに斬っているさ。お主はまだ、それにも満たぬということだ」
「……くっ」
 その言葉は、アルゴにとって非常に無情な言葉だった。アルゴが学んできた武は、獅子王という魔にとって斬るにも満たないと宣言されたのだ。この言葉は、アルゴにとって師匠との日々を否定されたといっても過言ではない。そう思うと、悔しくて情けなくてたまらなかった。そして、それ以上に認めたくはなかった。
 先ほどのように、つかまれている首根っこを力任せに振りほどく。正直なところ、今のアルゴは冷静ではない。アルゴにとって師匠との修行の日々は特別。それを否定されて冷静でなどいられない。

「……」
「いち! にぃ! さん!」
「ほらほら、アルゴもフーレンを見習って声を出して! 武の基本は心ですよ。心を集中させるためには発声練習は欠かせません。心と武を同化させてこその剣士です」
 そういえば師匠は言っていたな。武の基本は心。発声練習か。小さいときの俺はなんと言っていたのだったか……。
「なぜ剣を振るときに声など出さなくてはならん。相手に、剣を振りますと知らせてしまうだけだろう」
 そうだ。俺は子どもながらに師匠に反抗していたのだった。こんな問題児だった俺に、師匠はめんどくさそうな素振りも見せずに付き合ってくれていたな。
「習慣づけるのですよ。毎日こうやって声を出して練習することによって、いつかは自然と心で声を出せるようになります。そして、その心の声は自分の道しるべとなる。例えば、自分がだれかにボロボロにされて体が動かなくなったとき、ボロボロの体を動かすのは心。心が養われてなければそこで終わりです」
 そうだ。ここで俺は発声の意味を知った。
 …………。
「発声練習ができていれば初心に帰ることもできる。もしも、どこかでそういうピンチがあれば今日のことを思い出してください」

 ――すまない師匠。俺は、あなたに教わったすべてを出す前に折れるところだった。否定されるにしても、ぜんぶ出してからでないとあなたに失礼だ。実際に体験しなければ分からないものだな。心を磨いていればまだ動ける――

「構え!!」
 大きく声を出し、剣を構えるアルゴ。その声は心と共鳴し、剣に宿る。
「これはまた……」
 それに対し、少し威圧される獅子王。
「いち!」
 ボロボロの体を心で動かすアルゴ。
「にぃ!」
 剣の狙いを的確に定める。
「さん!」
 ただ剣を振り回すだけでは剣士とは呼べない。心を剣に乗せて初めて剣士となる。決してその気持ちがなかったわけではなかった。ただ、長らくの素晴らしき平凡な人生の中で、その気持ちが少し欠けてしまっていただけ。
 そして、獅子王という強敵を目にして、その欠けた気持ちを初心に帰ることで埋めることができた。これも、日々の鍛錬があってこそ。
「……」
 アルゴの斬撃を受け止め続ける獅子王。これでは、さっきまでと同じと思うかもしれないが、そうではない。獅子王は受け止めてはいるがいなせてはいない。間違いなくアルゴの心に押されている。
「まさか、まだこんな力が残っているとはな……。精神論というのもあながち捨てたものではないということか」
「きゅう! じゅう! じゅういち!」
 なおも、大きく発声しながら剣を振る。そんなアルゴを見ていると、敵だとしても、同じ剣士として自然と笑みがこぼれてしまう。
「お主はよい剣士だ。だが、現実は無情だな」
 獅子王は気付いていた。もう、アルゴの体力は限界。斬撃の回数を増すごとに威力もスピードも落ちてきているのだ。そんな限界の体力を、心で振り絞ってくるアルゴに対して、何か心地よさを感じていた。
「このまま撃たせていてはお主の命が危ないかもしれぬ。もう眠らせてやろう」
「じゅう……ご!?」
 アルゴの斬撃を力任せに弾く獅子王。
「もうよい。今日のところは安らかに眠れ」
 弾いてできた隙をついて峰打ちを入れようとする獅子王。しかし……。
「サンダー!!」
 突如、横やりを入れるように飛んでくる黄色の球体。その球体は獅子王をターゲットとしているようで、獅子王へ向かって真っすぐに飛んでくる。
「魔法か!」
 なんということだろう。獅子王は、その球体を回避することも受け止めることもなく、剣を振った風圧で消し飛ばしてしまった。
「なんとか間におうた思うたけど、魔法を風圧で消しよった……。さすがやなぁ……うちはあんたの顔を忘れたことはないで」
 ミクスは驚いた。初めは、なんとかアルゴが殺される前に間に合ったことに安堵した。しかし、相手の姿を見た途端にそんな気持ちは吹き飛び、憎悪が生まれた。
「まさかそちらから来てくれるとは……。久しぶりだな。おとなしく来てもらうぞ」
 力を出し切ったアルゴはもう動けないと判断し、剣の狙いをミクスに変える。
「上等や! 家族を奪ったあんたをうちの手で葬れるなんて……願ってもない話やわ」
 ミクスは今までにないほどの鋭い目線を獅子王に向ける。しかし、コング兄弟との戦いにより、もう戦える状態ではないだろう。だが、獅子王を前にすると自然と体術の構えを取ることができた。
「待て……」
 獅子王の後ろから聞こえる苦しそうな声。そして、それと同時に聞こえる心からあふれだす声。
「じゅう……ろく!!」
「しまっ……!」
 剣で受けるのは無理と考えた獅子王は、身を反らして対処する。
「まさかここまでとはな……お主のような剣士は久しぶりだぞ!」
 身を反らしたことで、かすり傷ですんだ獅子王。
 この一振りで、アルゴは崩れるように地に倒れる。しかし、不意打ちだとしても傷を負わせた一撃目となった。
「うちを忘れたらあかんで!」
 そして、それに呼応するように繰り出されるミクスの拳。しかし、これはしっかりと受け流す。
「……。混血。コング兄弟はどうした?」
 次々に繰り出されるミクスの攻撃を受け流しながらも、器用にミクスに話しかける。
「混血言うなや。うちにはちゃんとミクスっていう名前があるんや」
 獅子王をしっかりとにらみ付け、攻撃しながらも言葉を返す。
「これは失礼した。もう一度聞き直そう。ミクス。コング兄弟はどうした?」
「それを教える思うんか?」
「取引きだ。もし、それを教えてくれたら、私はこの場を引こう」
「信じられへんな。というか、別に引かんでええよ。あんたはうちが殺さな気が済まへん」
 正直、ミクスは獅子王との実力差を分かっていた。今の自分ではどうにもできないことも分かっていた。しかし、弱音は吐けなかった。自分の家族を奪った敵を目にして、取引きなどに応じられるほどミクスは強くない。
 そして、そんなミクスの感情を見透かしてか、獅子王はミクスにとって残酷な選択を強いる。
「ならば、そこの剣士が死ぬことになるな。それでいいのだな?」
 この言葉にミクスの拳が止まる。ここで答えを言ってしまって、獅子王が引く保証はない。しかし、言っても言わなくてもどちらにしても助かる保証はない。なら……。
「ここからちょっと行ったところにある草原地帯や……。場所くらいは自分で見つけ。うちは殺しとらんから、なにかに食われたりしとらん限り気絶しとるわ」
 ミクスは本当のことを話した。どちらにしても助かる保証がないのなら、少しでも助かる保証がある方に賭けたのだ。
 そして何よりも、これ以上大切な人を失くすことは耐えられないから……。
魔族が魔族を殺す習慣はないし、ただの人間じゃあ、あの頑丈なコング兄弟は殺せまい……心配ないな。ありがとうミクス。また狙うかもしれないが、そのときはおとなしく捕まってくれよ」
「捕まるかいな。あんたなんかに……家族を奪ったあんたなんかに絶対捕まってなんかやらへんからな!! むしろあんたが覚悟しときや。いつか……いつか絶対に家族の仇を打ったる。それだけは覚えとき」
「ふっ。じゃあな」
 妙な捨てセリフを残して二人の場から去った獅子王。
 そして、コング兄弟の回収に向かう中、獅子王は物思いにふける。
「アルゴとミクスか。もしかするとこの先、この世をまとめるのは彼らなのかもしれないな」
 正直、捕まえようと思えばミクスを捕まえられたし、アルゴだって殺そうと思えば何度も殺せただろう。いったい、この獅子王という魔族の真意はなんなのだろうか。


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戦いの後もいつも波乱で 

「説明してもらおうか獅子王。お前がいながらコング兄弟は負傷した。挙句の果てには混血を連れてくることができなかっただと……? 見たところ、お前が負けたということはあるまい」
「言い訳するつもりはありません。私が見逃したのは事実。私をどう処分しても構いませぬ。しかし、コング兄弟に罪はありません。どうか、彼らに処分を与えないでやってはくださいませんか?」
「コング兄弟は治療が済み次第牢獄謹慎だ。そして、その実力を持ちながら今まで尽くしてくれているお前だ。我はお前に処分などくだすつもりはない……。ただ、もう時間がない。混血は諦めて準備にかかる」
「なっ! ミク……混血抜きで取りかかろうというのですか?」
「……。お前の勝手な判断によって、魔族の進行はどうなるか見当もつかんようになった。お前に処分などくださんが、そのことだけは心に背負って生きるがいい」
「……。申し訳ありませんでした」
「もうよい。では、我はしばらく魔王の間を留守にする。我が帰ってくるまで魔王代理として魔族を頼んだぞ」
「かしこまりました。重罪を背負う私が言うのもおかしいとは思いますが、魔王様、どうかお気を付けて」
「あぁ」
 まさか、それほどまでに進行しているとは思いもしなかった。私は魔族として魔王様に仕える身。なのにも関わらず大きな罪を犯してしまったな。これでは正常にことが進むかどうか……。いや、悔やんでも仕方がない。私は魔王様の帰還まで、代理魔王として魔族をまとめる。それが私に与えられた使命だ。
 どうして私はミクスを逃がしたりしたのだろう。別に私は人間の味方ではない。なのにどうして……。なんて思ってみても、答えはすでにでているか。まさか、ミクスとともに行動しているのが、話に聞いていたアルゴという剣士だとは思いもしなかった。
 本当に聞いていた通りの男だったな。私は、何度あの剣士の心を折ったと判断しただろう。だが、あの剣士は諦めず私に立ち向かってきた。それも、最後は剣と心との共鳴。真の意味での精神統一ときたものだ。私だって、剣士としての本能に流されてしまう。これは、自分勝手な言い訳でしかないがな。
 人間魔族か。今は争っているが、いつの日か必ず手を取り合って生きることができると信じている。だが、そうなってほしくない思いがあるのも事実。きっと、魔王様は人間と和解をすることはないだろう。あんなことがあったのだ、人間を恨むのも仕方がない。
 だが、もしもその狭間に立ったとき、私はどうするのだろうか。人間とともに生きるために魔王様に剣を向けるか、魔王様のために人間に剣を向けるか、今の中途半端な気持ちではどちらも選べそうもない。ふっ、こんなことでは私も名折れだな。お主も……そう思うであろう……?

                 Episode19 敵は去り

 ボロボロのアルゴを村へ運ぶミクス。ミクスも、外傷こそないものの、魔法と体術の過度の使用により気を失いかけている危険な状態。しかし、アルゴはそれの比ではない。剣の傷はないものの、幾度も受けた峰打ちにより、打撲どころか何本も骨が折れているのではないだろうかとまで思ってしまう。さらには、そんな状態の中での剣術の使用。もう動ける状態ではない。そんなアルゴを引きずるように村へ運んだ。
「そ、そちらの方は魔にやられたのかい!?」
 先ほどまで魔族が攻め入っていた『レーベ』。それもあってか、『レーベ』に入ってすぐ、駆け寄るように村人がミクスに話しかけてきた。
「そうや。でも、もう心配ないで。魔族は引き返していったから」
「そ……そうなのですか! もしや、あなた方が追い返してくれたので?」
「そうや。別に追い返そう思っとったわけやないけど、それがこの結果」
「あ……ありがとうございます! あなた方のおかげで、この村は救われました!」
「お礼なんてええよ。ただ、ひとつだけ覚えとってほしいんや……あんたら、ずっと逃げとったんやろ?」
「あっ……いや」
「同じ人間がボロボロになってまで戦っとったときに、あんたらは逃げとったんや。それだけはちゃんと覚えとき」
「……すみません」
「それだけや……」
 そう言葉を交わすと、アルゴを引きずりながら、村の病院へと進み始めるミクス。しかし、先ほどの村人もいろいろと責任を感じたのか、ミクスにお礼を言い直すと病院まで案内してくれた。
 そして、こんな山奥にある小さな村だ。魔を追い払った青年と少女の存在は瞬く間に広がり、とてつもなく厚い歓迎をされることとなる。さらには、無料で治療を受けさせてもらい、宿も無料で貸してくれることにまでなった。この待遇には、人間の暖かみというものを感じたミクス。先ほどの村人に対する暴言を恥じる。村人も逃げていたからといって情がないわけではないのだ。

 病院に入院してしばらく、ゆっくりと目を覚ますアルゴ。まだ状況を把握できていないようだ。
「ここは……いったいどうなっている」
 ゆっくりと体を起こすアルゴ。
「ぐっ……!」
 しかし、体を起こしたことにより発生した激痛により、また体を寝かせる。
「やっと起きよった! まだ体起こしたらアカンで。重傷やねんから」
 アルゴが目を覚まして、ホッとしたようで心配そうな表情を浮かべるミクス。どうやら、アルゴがベッドで寝てから起きるまで、ずっと側にいたようだ。
「無事だったんだなミクス。よかった」
 痛みによる苦痛の表情を浮かべながらも、ホッとしたような頬の緩みを見せる。
「おかげさまやで。ホンマにおおきに」
 そんなアルゴに対し、にっこりとした笑顔で答える。
「魔とは遭遇しなかったのか? そして……獅子王はどうした?」
 どうやら、アルゴはミクスが助けに来たのも覚えていないらしい。それも踏まえたうえで、アルゴの教えのおかげでコング兄弟を倒すことができたことから、獅子王が情けをかけるように去っていったところまでのすべてを説明した。だが、やはり話したくなかったのか、家族と獅子王の関係については話さなかった。
「そうか……。そんなことがあったんだな。だが、獅子王という魔はつかめない。目的が見えてこないというべきか」
「そう? うちはあれほど嫌いな魔族はおらんわ。うちの家族を奪った魔族や、悪い魔族に決まっとる」
 思わず口に出してしまい、しまったという顔を見せるミクス。
「うちの家族を奪った……まさか獅子王が?」
「そうや」
 その事実にアルゴは驚きを隠せない。だが、ミクスはそれ以上は言いたくない様子。それを察したアルゴは、それ以上深く追及することはなかった。
 この日はそれ以上会話がなく終わった。ミクスも、一年ぶりの憎き魔族との再会に気が気でないだろうし、アルゴだって傷の痛みがひどい。どちらも空気を読んでその場を後にしたのだ。だが、気まずい空気は時間と思考が和らげてくれる。まずはアルゴの体の回復が一番。そういう結論に至ったミクスは、次の日には明るく話しかけた。無理をしていると察したアルゴは、そんなミクスに感謝しながら、獅子王のことに触れることなく言葉を返した。
 そして、二人はアルゴの体が回復するまで『レーベ』にとどまり、アルゴは安静、ミクスは魔法と体術の修行を重点に置き日々を過ごした。

 あれから一か月の時が流れた。アルゴの体はようやく回復し、旅に出ることのできる状態となった。とても喜ばしい日である。
「行くかミクス」
「せやね。ホンマこの村にはお世話なったわ。おおきにな!」
 元気よく村人に頭を下げるミクス。村人も二人に感謝しながらお別れの言葉を告げてくれる。修行をしていた三か月よりも、今のこの一か月の方が村人との仲が深まったというのも不思議な話だ。
「どこに行くか決まってるん?」
 ミクスの素朴な疑問。それに対し、アルゴは首を横に振る。
「えっ! ほんならいつも行き当たりばったりやったん!?」
 驚くミクス。
「あぁ。何か大きな情報がない限りはな」
 アルゴのこの言葉に、村人の一人が反応する。どうやら、『レーベ』の情報屋らしい。
「すみません。お役にたてるかはわかりませんが、ひとつ、こんな小さな村の情報屋の私でもつかめた情報がありますよ。確か、アルゴさんは魔を研究しているとか?」
「そんなたいそうなものではないが、間違ってはいない」
 研究という言葉に少し照れるアルゴ。
「じゃあ、お役に立てるかもしれませんね。アルゴさんたちには世話になっているのでタダでお教えしますよ。実はですね……」
「……なっ!」
 情報を伝えた情報屋の胸倉をつかみながら驚きの声を上げるアルゴ。
「それは本当か!?」
 それも、いつもは見せないような焦りを見せながらである。
「ちょっ、ちょっとアルゴさん。落ち着いてください!」
「すっ、すまない……」
 情報屋の一言で冷静さを取り戻し、手を離すアルゴ。
「……。間違いないでしょう。これは私の情報屋としての人生を賭けて言えます」
「……。ありがとう、感謝する。ミクス、行く場所は決まった。いくぞ!」
「あっ、ちょっと待ってえなアルゴ!」
 駆けるように進みだすアルゴに、焦りながらついていくミクス。
「ホンマにおおきになぁ! 絶対また来るさかい、元気にしとってや!!」
 走りながら村人にお礼を言い、その場を後にする。
 こうして二人の旅が始まった。偶然にも出会った、剣士と魔法使い。ともに旅をすることに決めた二人は、一体これからどんな人生を歩むことになるのだろうか……。


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家族を想いて 

「う、産まれたんだな!!」
「妻子ともども元気にね。まさかあたしたちが親なんてねえ……。人生は分からないもんだね」
「そうだな。こんな俺みたいなやつにも、天というやつは見捨てねえでくれやがる。気が長いこった」
 親か。争いしか知らねえこの俺だ。こんないい妻がいて、子どもまで授かって……。いったいどうしちまったんだろうな。
「なんだか気難しい表情だねえ。いろいろ考えることもあるかもしれないけど、うれしいときは素直にうれしい表情をしなよ」
「分かってる」
 当たり前だ。こんなうれしいことはねえよ。だけど、正直不安だ。俺の手は人間の返り血で染まっちまってる。人間どもは俺の、いや、俺たちの居場所を奪いにきやがった。何度も何度も、懲りずに奪いにきやがった。そんな人間どもと争って、たくさん殺して、俺たちの居場所を守った。
 こんなことを言うとお前は、「自分たちの居場所を守っただけじゃないか、気に留めることはないよ」なんて言ってくれるかもしれねえ。実際にそうかもしれねえな。でも、何かを殺めるってことはそんな簡単に出来るもんじゃねえ。もしも、居場所を守るために攻めてきた相手を殺していいなんてのが正当化されているとしても、俺はそれを認めたくねえ。
 ……でも、俺はそれを繰り返して生きてきた。こんなことを考えちゃいるが、結局は居場所を守るために争い続けてきたんだ。だけど、俺の目の前には命を授かった我が子がいる。命を生んだ妻がいる。どういうことだろうな。どうして俺が幸せになれる。血でまみれた俺が、どうして幸せを感じられる……。
 なぁ天よ。俺の手は数えきれねえくれえの命を奪った手だ。そんな手で、生まれた命をすくえるか?
「なぁ、ちょっと抱いてもいいか?」
「当たり前だろう。この子はあたしの子でもあり、あんたの子でもあるんだ。抱いちゃだめなんてだれにも言わせやしないよ」
 いや、すまねえな。天がどうであれすくわせてもらうわ。俺の手は汚れてるかもしんねえ。でも、それを押し殺してでも俺は……生まれてきた我が子を抱きてえんだ。
「本当、俺が言えたことじゃねえかもしれねえが……可愛いな、自分の子どもってのは」

 ――すまねえな。こんな汚れた手で抱いちまって。でもよっ、自分勝手な話だが、俺はおめえを心の底から抱きたかったんだ。ほんと……命ってのは温けえな――

                  RaviEpisode 親と子

 オビィが生まれて、もう何年経っただろうか。いつの間にか言葉を話し、俺たちの手を借りずとも歩くことができるようになった。
「オビィ。元気に遊ぶのはいいが、あまり遠出はするなよ。いつ命を落とすか分からねえからな」
「うん。分かってる」
 本当に分かってんのかこいつは。目を離すといつもこうだ。なぜかオビィは外の世界に憧れを持っている。外の世界なんて、血と欲望にしかまみれちゃいねえっていうのにな。俺の小せえときとは大違いだなまったく。
 まっ、視野が広いってのはいいことかもしれねえけどな。しかし、だからといって行かせるわけにはいかねえ。いかんせんまだ幼すぎる。外に出たら人間どもに狩られてしまうだろう。そんなことは、この俺の目が黒いうちはさせねえ。
「そんで、今日はどこに行くんだ?」
「ちょっとね。いい岩場を見つけたんだ」
「ほぅ。そこで何を?」
「いろいろさ。大丈夫、夕飯までには戻るよ。あっ、ちょっとこの容器借りていい?」
「おう、いいぞ。気を付けて行って来い」
「うん。行ってきます」
 それにしても、最近は本当にいろいろなことに興味持ちだしやがったな。岩場なんて行って何が楽しいのやら……。って、俺も一時期はそうだったな。ちょっとしたことが大発見だった。見たことない風景が広がると、なんか未知の世界みたいでよぉ、ワクワクしたもんだ。結局は同じ山なんだけどな。
 いつからなんだろうな、どんなことにも興味が薄れていったのは。今じゃもう、なかなかワクワクなんてできねえ。時が過ぎれば過ぎるほど、体が、心が汚れていっちまう。でも、それが普通なんだろうな。今のオビィを見てたら心底そう思う。
 きっと生物とは例外なくそういうものなのだろう。どれだけ気難しかったとしても、小せえころにはきれいな体も心もあった。大きくなっても、ふとしたきっかけでワクワクできた。その思い出があれば、きっと十分すぎるくれえに贅沢なんだろう。
「あんた、オビィはどうしたんだい?」
「出かけた。いい岩場を見つけたんだとよ」
「あの子はあんたに似ずに好奇心旺盛だねえ。いや、あんたにもオビィみたいな時期あったねえ。オビィよりもずっと大きかったけど」
「うっせえ。それにしてもなんでおめえがそんなことを……って、そうか、俺たちゃ腐れ縁だもんな。俺のこともよく知ってるか」
「当たり前じゃないか。相変わらず変な人だね」
「うっせえ……。まっ、確かに昔の俺と比べると正に逆かもしれねえな。でもよっ、オビィには俺のように血にまみれて欲しくはないな。身を守るために戦闘は教えてるが、できれば使ってほしくねえ」
「確かにあたしたちは血にまみれて生きてきた。だけど、それはすべて生きるためじゃないか。あたしはちゃんと知ってるよ。あんたが好き好んで何かを殺めたことはない。相手が人間だとしても、あんたは命を奪うときにうれしそうな顔なんてしたことなかった。あたしは知ってる」
「……。そうかもしれねえ。確かにそうかもしれねえけど、命を奪ってきた事実は変わらねえ。どんな正当な理由があろうと、それに背いて生きていくなんて俺にはできねえんだよ」
「あんた……」
 確かにそうだ。俺は間違ったことなんてしてねえ。人間が俺たちの居場所を奪いに来るから、俺たちはそれに対して、居場所を守るために争っただけだ。だが、どうしてだか分からねえが受け入れることができねえ。俺はそんな器用じゃねえ。そんな簡単な理由で済む気持ちかは分からねえが、俺はそんな器用じゃねえんだ……。
「ちょっと頭疲れてるみてえだ。ちょっと休むわ」
 そうだ。休んじまおう。それがきっと一番の得策だ。

「起きなよあんた! 夕飯ができたよ!」
 なんだ、俺はそんなに寝てたのか。それにしても、いつも以上に豪快に起こしやがるじゃねえか。それに、なんだかうれしそうだ。
「すまねえな。今行くわ」
「早くしな。みんな! お目覚めだよ!!」
 なんだ。なぜ、夕飯に起こされたくらいでこんなに歓迎ムードになられなくちゃならねえんだ。なんか……あったのか?
「父さん。これ」
 どういうことだ。飯だと思ってきてみたら、いきなりオビィに水の入った容器を差し出されたぞ。どういう魂胆だ……。
「どうしたオビィ。またなんで水を俺に?」
「そう、水だよ。飲んでくれないかい?」
「いや、それはいいけどよ」
「……!」
 なんだこの水。いつもの水よりうめえ。
「おいしいかい父さん?」
「……。あぁ、目が覚めるくらいうめえよ」
「!?」
 なんだ。俺がうめえって言った途端、周りがバカ騒ぎを始めたぞ。どういうことだか状況をつかめねえ。
「よかったねえオビィ。これは腐れ縁のあたしが言うんだから間違いない。すごくおいしそうだよ」
「うん。よかった!」
 やっぱり状況が読めねえ。確かにおいしいが、腐れ縁なら、俺が困ってるってことにも気を配ってくれれば助かるんだがな。
 仕方ねえ。もう聞いてしまおう。それの方が手っ取り早いわ。
「こいつはいったいどういう状態だ?」
「それはあたしじゃなくてオビィに直接聞きな」
 冷てえな……なんか俺が空気読めないやつみてえじゃねえか。
「分かった。どういうことだオビィ?」
「うん。何か父さんに喜んでもらえることはないかなとか考えたんだ。いつも父さんは複雑そうな顔してるからさ、俺でもできることはないかなって。そしたら、岩場から流れる小さな滝を見つけてね。そこの水がとても美味しかったんだ。だからその水をくんで、父さんを笑顔にさせたいなぁ……なんてね。なんだか恥ずかしいなぁ……」
 ……ほんとによぉ、天ってのは何を考えてるんだか。俺はそんな、天にとって貢献してるとは思えねえ。なのに、こいつはいったいどういうことだ。こんな俺に対してこんな幸せをまたくれやがる。
 オビィ、おめえが生まれてきて、俺の心はまた揺れてきちまってる。長い争いの中、俺の心は荒んで荒んで荒んで……もうどうにでもなっちまえなんて思ってた。俺に幸せは似合わない。こんだけの血を浴びてきた俺だ。幸せなんて訪れちゃいけねえ。そんなことまで考えてた。でもよっ、おめえが生まれてきて、おめえを育てて……いつの間にか俺は幸せを感じてしまっている。幸せなんだ、おめえと過ごす日常は何よりも幸せだ。これほど似合わねえものはねえ。だけど、幸せなもんは仕方ねえよな。
「な……なんだよ父さん! 恥ずかしいよ!」
「うっせえ。たまにはいいだろうが」
 気付いたら俺はオビィに抱擁してた。俺の本能の中で最大限の、幸せを現す表現なんだろう。柄でもねえ。こんな汚え体の全身をぶつけちまうなんて柄でもねえ。でも、どうしてだろうな。おめえを抱いてると、なんだか俺の汚え体が浄化されていくような気がするんだ。
 きっと、そいつはまやかしだ。だけど、俺はいつまでもこうしていられたら……なんて、そんな柄でもねえことを考えちまう。ほんと、命ってのは温けえや……。

 ――だが、やはり俺という生物には幸せは似合わなかったらしい。そのときは突然訪れた……いや、俺の責任だ。俺はもらった幸せを自分で投げ捨てたんだ……。こんな俺にはお似合いだよな――

 これは、オビィもそこそこ大きくなり、戦闘の実力も俺に次ぐほどになったときの話だ。俺はあの時、無責任な発言をオビィに宣告してしまった。
「ねえ父さん」
「なんだオビィ」
「俺、一度山の外へ出てもいいかな?」
「なぜだ?」
「もう、この山で見られる新しいものがなくなってしまったんだ。当然、そんな遠くには行かないよ。約束する」
 俺はなぜここで駄目だと言えなかったのだろう。駄目とは言わずとも一緒に行こうとは言えたはずだ。なのに、俺は親として甘ちゃんだった。
「そうか。おめえはいつまでも探究心が尽きねえんだな……。分かった。このまま頭ごなしに駄目だと言ってもおめえには毒なんだろう。行ってきな。ただし、夕飯までには帰ってこいよ」
「分かってる。ありがとう父さん」
「俺も、おめえの気持ちが分からねえでもねえからな」
「うん。じゃあ、行ってくる!」
 これが、俺の見たオビィの最後の姿となった。そりゃそうだ。こんな争いが絶えない、血生臭い世界よ。まだ何も知らねえ子どもが、一人でなんとかできる世界じゃあねえんだ。どうしたことか、俺はそんな最愛の息子をひとりにしちまった。それでこれがその末路だ。
 オビィは夕飯の時間になっても帰ってくることはなかった。そりゃラビット族全員が大きく心配したさ。当然、俺と妻は特にな。探した。久々に山を下りてよ、総出で探した。そんな遠くへは行ってねえという言葉を信じて、俺は近くの森を探してたんだ。そしたら居たよ。俺と同じ薄紫色の血を大量に流してな……。
 俺はすぐに駆け寄った。よくあるだろ? 駆けよったら死にかけなんだ。そんで最後に一言告げてこの世を去る……。そんなことすらなかったさ。俺が発見して駆け寄った時には、すでにオビィは……息子は……息絶えていた。
「オビィ! オビィ!!」
 あのとき俺は、久々に涙を流した。一生分の涙を流しつくしたような感覚にも襲われた。そして、それと同時に分かっちまったんだ。俺はあの時感じた衝動をずっと忘れることはねえだろうな。

 ――ほらな。だから命を奪うのは許せねえんだ。この瞬間まではモヤモヤしてたが、今はっきりと分かった。命を奪うのにも理由があることは分かる。命を奪われるのにも理由があることは分かる。当然、俺は好き好んで命を奪ったことなんてねえ。相手も奪われる覚悟があって争いを仕掛けているんだろう。でもよっ、残された者にとって、そんなことは関係ねえんだ。俺は、俺たちの居場所を守るために争いを続けて、人間の命を奪い続けた。人間も、俺たちの居場所欲しさに争い続けた。だけど、残された者にとってはそんな事情は関係ねえんだ。残された者は、奪われた命に対して悲しみで心が震えるだろう。憎しみに心が侵食されるだろう。そしてまた……新しい争いが始まるんだ。俺にはそれが分かった。俺の息子を殺めたやつを殺してえ。好き好んで命を奪ってやりてえ。初めてそう思っちまったから――

 当然、今でもこの思いは消えてねえ。けど、時の流れとはすごいもんだ。時が流れるにつれ、あれは俺の不注意のせいだってことが明確に分かってきやがる。だけど、やっぱり許せそうにねえ。一度残された者は、二度とこの思いが消えることはねえんだ。
 だからこそ、この汚え手で残された者を生み続けてきた俺は……生み続けてきた報いのように残された者になっちまった俺は、幸せに死ぬことなんてあっちゃならねえんだ。


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野生の勘は予兆となりて 

「ちょっと遠くまで来すぎたかな……」
 どうしよう、ちょっと暗くなってきちゃったな。そろそろ帰ろうかな。
「あ、あれは!」
 なんだ。どこから奇妙な声がしたぞ。でも、なんて言ってるのか分からなかったな。他の族の魔族に見つかったかな。
「こんな大きな魔は初めてだよ。これはもしかすると僕の名を上げるチャンスかもしれないね」
 魔族……じゃない。人間だ、父さんの言ってた人間だ。父さんは言っていた。人間が僕らの居場所を奪いに来て、それを父さんたちが争って守っていたと。人間……人間のせいで父さんはあんなにいつも悲しんで……。許さない!
「シャアァァァ!」
「いきなり襲いかかってくるか。いいね。血気盛んな方が裁きがいがある!」
 ……。どうして生物は争うのだろう。どうして父さんは争いを嫌うのだろう。なのに、どうして父さんは争いを止められなかったのだろう。僕の頭の中はいつも謎でいっぱいだった。その謎を少しでも埋めるために、外の世界を知りたかった。だけど、分かるときは一瞬で分かるものなんだな。
「はぁ……はぁ……。強かった。僕が今まで戦った魔の中で一番だ。でも、僕はここに立っている。僕の英雄への道は、また閉ざされることはなかった」
 生物にはみんな欲があり、その欲を満たすために争う。人間のように居場所を奪うという欲。僕たちのように居場所を守らなければならないという欲。そして、ここでもそれは同じ。彼は、僕みたいな大きな魔族を倒すことで得られる、『名声』が欲しいという欲。僕は、父さんを悲しませた人間が許せないという欲。そして僕のように敗れた方は、最後に伝えたいことを想うんだ……。

 ――父さん、母さん。あなた方よりも早く最後を迎えることになってしまったよ。同時に、僕の独りよがりな欲で、父さんと母さんを悲しませてしまうことになってしまった。最後の最後まで手のかかる息子で『ごめんね』――

                 Episode21 予兆

「どうしたのあんた。そんな悲しい顔は久しぶりだね」
 ヴァニーが心配するほどの悲しい表情を浮かべていたラヴィ。
「すまねえ。ちょっとオビィのことを思い出していてな」
「そうかい……。忘れられるわけがないもんねえ。それも、オビィをだれよりもかわいがっていたあんただ。あたしも思い出して悲しくなる時があるけど、やっぱり吹っ切ることなんてできるわけがないね」
 オビィのことを思い浮かべて、悲しい表情を浮かべるラヴィとヴァニー。オビィが亡くなって数年経った。それに、この思いに共感してくれるアルゴという人間にも出会った。だが、それであってもオビィの死が薄れることなどはない。ただ、罪悪感や憎しみ、後悔が増幅していくだけ。

 それから数日の時が流れたある日、ラビット族を揺るがす出来事が起こる。それは、まずラヴィが感じた違和感から始まる。
(おかしい。なんだこの胸のざわつきは。俺の中の野生の勘が、ものすげえ何かを予兆してやがるのか?)
 なんだか、一日中そわそわした感覚に襲われる。そんなラヴィに対し、ラビット族が心配そうに声をかけるも、ラヴィは「なんでもねえ」と追っ払う。これはそっとしておいた方がいいと判断し、少し距離を置く。
 その日の夜。もう、ラビット族も寝静まったころだ。ラヴィの野生の勘が、脳に予兆を伝達する。
(とてつもねえのが来る……か)
 ラヴィの予兆はとてつもない何かを予兆した。これは、何かが攻め入ってくるときに毎回起こることであり、アルゴの時も予兆はあった。
 しかし、アルゴは魔族に敵意があるわけではない。なので、それほど危険視はしていなかったのだが、今回は違う。明らかに敵は戦意むき出しの予感。また、争いが起こる予感。
「起きろ! 起きろおめえら!」
 予兆を感じたラヴィがラビット族を起こす。ラヴィが血相を変えて起こすということは予兆を感じたという証。もう慣れたことなので、いずれくるであろう争いへ向けて神経を研ぎ澄ます準備をする。
 しかし、ラビット族の予想とは違う言葉がラヴィから発せられる。
「おめえら、山の脇にいい住処があるのは知ってるな? 今日からおめえらはあっちに住め」
 まさかのラヴィの言葉。これにはラビット族を代表して、ヴァニーが反論する。
「何を言ってるんだい。争いが起こるんだろ? 今まで通りラビット族総出で力を合わせて争えばいいじゃないか。なんであたしたちが隠れなきゃならないんだい」
「これはなぁ、いつもの争いとは違うんだ。近いうちに恐ろしく強ええやつがここにくる。アルゴ。いや、それ以上のやつだろう。それも、血を好むやつだ。争いを好みやがるようなやつがきやがる」
 いつものように熱い口調ではなく、淡々と状況を説明する。
 事情はよくわかる。ラヴィは、ラビット族を傷つけたくないから自分だけで立ち向かおうというのだろう。それと同時に、この争いではラヴィ以外のラビット族は足手まといだという宣言でもある。
 しかし、だからといって納得できる話ではない。
「あんたの言いたいことは分かるよ。でも、あたしたちは家族だ。それも、家族の長のあんたを置いて、のんびりと別の場所で住むなんてできないよ。いつものようにみんなで守ろうじゃないか。もし、それで命を落としても、家族のためだ。覚悟はできてる」
 家族として、ラヴィを家族の長として見ているからこその覚悟。しかし、それでもラヴィは首を横に振る。
「簡単に覚悟だとか言ってくれるな。もしも覚悟を決めたというなら、覚悟を決めて俺の言うことを聞いてくれ。正直に言うと、この争いにおめえらは足手まといだ」
「あんた……どうして」
「相手は甘いやつじゃねえ。数で押し切れるような相手じゃあねえんだ。そいつはおめえらに殺意を向けて脅すだろう。人質でもなんでも、使えるものなら何でも使ってくるだろう。規格外に強えくせに非道。そんなやつが相手なんだ」
 そう言うと、ひとつ深呼吸をしてまた言葉を発する。
「おめえらがそいつの手によって危機にさらされたとなりゃあ、俺はそいつを攻撃できる気がしねえよ。そいつからおめえらを助ける自信のねえ不甲斐ねえ俺は、きっと家族のために拳を下ろす」
「……」
 ラヴィの言葉に、返す言葉がないラビット族。
「並の相手ならおめえらでも戦えた。でも、今回は別だ。大丈夫、俺がそう簡単にくたばるはずねえことを知ってるのは他でもねえおめえらだろうが」
 もう、ラヴィに反対できるラビット族はいない。完璧に納得したとは言えない。しかし、反対はできない。そこに自分よがりの判断はないからだ。
 ラヴィは、何よりもまず、自分たちラビット族のことを考えて決断したのだから。

 次の日。ラビット族の大移動は始まった。だれもうれしそうな顔はしていない、悲しみと不安を帯びた大移動だ。争いの前はいつもこう。だれも喜びなどしない。そして、それは予兆を基に争いを待つラヴィも同じ。争いなどしたくない。しかし、争いを仕掛けてくる者がいる限り止めることはできない。
 争わなければならないという運命は、何よりも冷たい。


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英雄に憧れ明日を見る 

 この世界には英雄が必要なのだろうか。僕が狩ってきた魔の中には、強敵と呼ばれるような魔もたくさんいたのだろう。でも、それはこの世界にとっての強敵であって、僕にとっての強敵ではない。
 ねえ、本当に僕の行く先は叙事詩となるのかい? 今、僕が紡いでいる歴史は叙事詩になると信じている。僕は正義の『勇者』として活躍し、悪である『魔王』を倒して僕の叙事詩は完結する。でも、このままじゃ何を叙事詩に残せばいいんだ。もし、魔王が予想以上に弱かったら……僕は叙事詩に残ることができない。『正義』と『悪』。この運命に導かれたような関係は、力が拮抗してこそ成立する。なのに、もしも僕が強すぎたとしたら……僕は僕を恨むよ。
「ガルルル」
 弱すぎるんだ。君たちのような弱い魔じゃ意味がないんだよ。どれだけ斬っても僕にとっての糧にならない。どれだけ斬られても、君たちにとって意味のある死にはならない。なのに、なぜ立ち向かってくる。
『強い英雄に憧れるのは分かる。でも、強いだけじゃ英雄にはなれねえんだぜ?』
「……!?」
 ふざけるな。なぜこんなときにあの人の言葉が頭をよぎる。僕はあの人の言葉なんて信じるつもりはない。強いだけじゃ英雄になれない? 強くなくちゃ英雄にもなれないじゃないか。自分が弱いことをそんな風に言い訳して……ふざけるな。
『英雄ってのは迷いの果てよ。その迷いの果ては見限っていてはつかめねえ。迷う前に見限っていては迷いすら見ることができねえ。だからよ母ちゃん。時がくるまでヴィレイのこと頼んだわ』
「黙れえぇ!!」
 なぜだ。なぜあの人の言葉が頭をよぎる。意味の分からないことをペラペラとしゃべりやがって。結局は僕と母さんを捨てる口実じゃないか。結局お前は英雄になれずに死んだんだ。そこの弱い魔のように、何の意味もなく死んだんだよ。
 僕は絶対にそうはならない。僕はまだ死なない。叙事詩に残るような英雄になるまでは死なない。
 僕が強すぎたのだとしても、魔王がそれ以上に強いことに期待しよう。それに、僕にはライバルもいる。彼は……アルゴはきっと僕の叙事詩の最後を飾ってくれるだろう。

 ――魔王だけじゃない、僕にはライバルがいる。勇者の始まりを務めるはずだった。ただの踏み台のはずだった。でも今は、僕の歴史の最後を務める予定の、ライバルがいる――

                  VirreyEpisode 英雄

 僕は英雄に憧れていた。だって、僕の父さんはすごくかっこいいんだ。とっても強くて頼りがいがあって……。僕にとって、一番身近な英雄だ。
「よっしゃ! 遠慮なくこい」
「うん!」
 父さんは、いつもこうやって僕に稽古をつけてくれる。僕はそんな時間が大好きだ。
 もっと父さんと一緒に居たいと思うよ。でも、父さんは事情があって、僕に稽古をつける時にしかここに居られないらしい。きっと、僕の見えないところで魔を裁いているんだな。いつか僕も父さんのように強くなって、父さんのようなかっこいい英雄になるんだ。
「やぁ!」
「甘いぜ」
「とぅ!」
「まだまだ」
 毎日のように続く稽古。そして、稽古の終わりには、絶対と言っていいほど父さんが僕に語りかけてくる。
「ヴィレイ。お前は剣を振るとき、いつも何を見てる」
「えっ、剣を振るときは相手を見てるでしょ。じゃなきゃやられちゃうよ」
「そうだな。確かにそれも大事だ。だが、もっと大事なことがあるんだ。分かるか?」
「……分からない」
 剣を振るときにいつも何を見ているか。そんなの相手を見ることに決まってるじゃないか。たまに父さんは意味の分からないことを僕に言ってくる。でも、父さんのことだから何か意味のあることなのだろう。僕がそれを理解していないだけなんだ。たまにそれが悲しく思える。
「そりゃそうか。俺は、いつも明日を見て剣を振ってる」
「明日を見る?」
「そうだ。明日を見るんだ。無意味に剣なんて振っちゃいけねえ。英雄にまず必要なのは、武を振りかざすときは明日を生かすためと知ることからだ。じゃないと心が迷走してしまう。って、ちょっと難しかったか」
「うん……」
 本当に、たまに意味の分からないことを父さんは言う。子どもの僕にはまだ理解できないことなのだろう。でも、僕はもっと簡単なことだと思うな。英雄に必要なのは人から憧れられる強さだ。それがないと何も意味がない。こんなことを言うと父さんに怒られるから言わないけど、僕はそう思う。

「強くなったなぁヴィレイは。この調子だと俺を超えるんじゃないか」
「そんな、父さんにはまだまだおよばないよ」
 父さんのおかげで、どんどん強くなっているのを感じる。このまま僕が父さんを超えられたら、僕はきっと英雄に近づく。そのときは、ものすごい喜びを感じることができるんだろうな。
「さて、ヴィレイ。お前にとって英雄とはなんだ」
 またいつもの語りが始まった。いったい父さんはどれだけネタがあるんだ。小さいころから毎日のように語りかけられている。でも、それだけ僕を気にかけてくれているということなのだろう。そう考えればちょっとうれしいかな。
「英雄とは叙事詩に残ることだよ。そしてそのためには何が必要か。強さだね」
「お前は相変わらず叙事詩が好きだな。俺はそんなものは読まないから分からないが、叙事詩に出る英雄はみんな強いのか?」
「当たり前だよ。強くなくちゃ勝てない相手と戦ってるんだ」
「そうか……。でもよ」
「強い英雄に憧れるのは分かる。でも、強いだけじゃ英雄にはなれねえんだぜ?」
「……。それは、さすがの父さんの意見でも賛成できないな」
「そうか。まぁ、お前がそう言うなら仕方ねえな」
 父さんには、なんというか英雄になろうという心意気みたいなものが感じられないな。強さがなくちゃ英雄になれない。そんなこと当たり前のはずなのに、父さんは当たり前な要素を全部取っ払っている。果たしてこれで英雄になれるのかな。でも、父さんの強さは本物だ。もしかすると、強いから言える言葉なのかもしれないな。強いのは当たり前で、さらにその先の何かを見据えている……考えすぎかな。

「……そろそろか」
「何か言った父さん?」
「いや、なんでもねえ。そうだ。今日は大事な話がある」
「どうしたの?」
「いや、ここでは言えねえ。後で言うさ」
「後で言う? ということは、今日は家に帰ってくるのかい!?」
「あっ……あぁ。大事な話があるからな」
 父さんが家に帰ってくるなんて久しぶりのことだ。たまに家に帰ってきては母さんと話をしているけど、今回はそういう目的ではなさそうだね。
 なんだろう。父さんがここまで改まるなんて珍しい。きっと、とても大事な話なんだろうな。もしくは、考えすぎの肩透かしとかもありえるね。とりあえず、今日は早めに稽古を切り上げて家に帰ろう。気になって稽古に集中できないや。
「ヴィレイ」
「なんだい父さん?」
 なんだろう。いつになく父さんが真剣な顔をしている。
「英雄ってのは一握りの隙間もない。真に道を切り開いた者がなれるものだ。そして、その道は逃げだしたくなるほどつらい道だ。そんなつらい道を何度も何度も経験して、それでも英雄になれないなんてこともある。お前はそれでも英雄に憧れるか?」
 なんだろう。なんだか重みのある言葉だというのは分かる。けど、父さんは英雄の何を知っているというんだ。まるで英雄を経験したかのような言い草だなぁ。まぁ、それほど自信があるんだろうけど……。といっても、これほど真剣に問われたら下手な言葉は返せないな。だけど、言いたいこと言わないのも僕の理念に反する。ちょっと強気に出てみよう。
「僕はね、道を切り開くとかつらい道というのは正直分からない。というか、そういうのは好かないんだ。でもね、ひとつ言えることがある。僕は英雄になるよ。ただ憧れるだけじゃない、英雄になるんだ。僕は、そのためなら何が起こっても折れない自信がある」
「……。その言葉信じるぜ」
 その後、家へ帰るまで父さんは何もしゃべらなかった。いや、家へ帰っても言葉がない。なぜか、母さんも神妙な顔つきをしていた。
 こんな静かな食事は久しぶりだ。もしかして、父さんと母さんが喧嘩したのか? しかし、それを大事な話とするには軽すぎる。いよいよ分からなくなってきたな。
「いきなりですまねえが……俺は今日、完璧に家を出る。もう、お前に稽古もつけられねえ」
「……はっ? いきなりどうしたんだい?」
 いきなり何を言い出すかと思えばなんだこの人は……。意味が分からない。
「言葉の通りだ。俺は英雄になるために家を出る」
「いきなり何を言っていると言っているんだ!!」
「やめなさいヴィレイ!」
「母さんは黙ってろ。こいつが何を言っているのかあなたには分からないのか?」
 ふざけるな。そんな勝手が許されていいのか。確かに英雄は留まっていてはなれないだろう。だけど、父さんは母さんと結婚した。そして、僕を産んだんだ。その時点で、僕と母さんを捨てて旅に出るなんて許されるはずがない。いや、ゆくゆくはそうなるだろう。きっと僕もそのときがくる。しかし、なぜそんなことをいきなり言い出すんだ。普通はもっと、前もってとかしばらくしてとかあるだろう。なぜ、いきなり言い出すんだこの人は。
「ひとつ聞くよ父さん。今出ていくの? 今は告げるだけで、時間をかけて出ていくの?」
「今に決まってるだろうよ。じゃなきゃ今言わねえ」
「……。くそ野郎が!!」
「ヴィレイ!」
 ふざけるな。これは不器用なんかじゃない。ただの馬鹿の台詞だ。
「初めてお前に殴られたな。いてえもんだ」
「黙れ。こんなときに減らず口をたたくのはよせよ」
「減らず口ねえ。俺だって英雄に憧れているんだ。ここまで育ててやって感謝されてもいいくらいなんだぜ?」
「……表へ出ろ」
「はっ?」
「表へ出ろと言っているんだ。僕と戦え。その腐った心を斬ってやる」
 嘘だ。僕の父さんはこんな人じゃない。決して、「育ててやって」なんて言葉を使う人じゃあない。頭がどうかしてしまってるんだ。僕が元に戻してあげなきゃ。
「腐った心ねえ。いいぜ、最後の稽古をつけてやる」
「これは稽古じゃない。試合だよ」
「けっ、お前にはまだ早い」

 僕は止められなかった。まさか父さんがこれほど強いなんて……。僕はいったい父さんの何を見てきたのだろう。いや、父さんはいったい僕たちに何を見せてきたのだろうか。今となっては分からない。ただ、僕を倒したのは僕の中では父さんではないのかもしれない。気持ちというのはこんなに簡単に変わるのだろうか。思い出というのはこれほど簡単に崩れ去るものなのだろうか。もう、僕の中では父さんを父さんとは思えなくなってきている。
「気が済んだか? じゃあ、俺はもう行くわ」
 ちっ、ふざけるな。まだ行かせたくないな。最後に一言でいい。あの人を困らせてやる。
「父さ……いや、お前。ちょっと待て」
「あっ? どうした」
「そういえば昔、お前に聞かれたことがある言葉をそのまま返すよ。お前にとって英雄とはなんだ」
「……。英雄ってのは迷いの果てよ。その迷いの果ては見限っていてはつかめねえ。迷う前に見限っていては迷いすら見ることができねえ」
「……」
「だからよ母ちゃん。時がくるまでヴィレイのこと頼んだわ」
 ……。なんだ。なんだよこいつは。俺はこんなやつに憧れてたのか? いや、違うね。僕はこんなやつに憧れてなどいない。きっとこいつは英雄になんてなれない。どこかで野垂れ死ぬのが関の山だ。見てろよ。今はたしかにお前の方が強いのかもしれない。だけど、僕はもっと強くなる。そして、お前じゃない。僕が英雄になるんだ。それを、人生を賭けて証明してやるさ。

 それから少しして、僕はあの人が死んだということを耳にした。やっぱりね。僕の読みは当たっていた。あんな人が英雄になんてなれるはずがない。英雄になるのは僕だ。このヴィレイが英雄に相応しいんだ。
 見せてあげるよ。英雄に必要なのはまず強さだ。それを僕が証明して見せる。


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強さを求めいざ参らん 

「今日も骨のない魔ばかりだな」
 必要以上に人間は魔を恐れる。しかし、しょせんそれは何かに頼りっきりの人間の恐れだ。僕からすれば、そんな雑魚どもの言葉を人間の言葉だなんて思わないでほしいね。僕のように、毎日英雄になるために稽古している人間は、魔なんて恐れることもない。むしろ骨のなさにあきれるくらいだ……ん?
「あ、あれは!」
 そんなことを思っていると現れるものだね。運命は僕に味方してるのかな。ふふっ、運命なんて僕らしくないな。それぐらい興奮しているのか僕は。
「こんな大きな魔は初めてだよ。これはもしかすると僕の名を上げるチャンスかもしれないね」
「シャアァァァ!」
「いきなり襲いかかってくるか。いいね。血気盛んな方が裁きがいがある!」
 そうだよ。これなんだ僕が求めているのは。英雄に必要なのは強さ。それはこの緊張感に耐えるために必要なもの。強さがないと強大な敵に立ち向かう勇気なんてものは養われないだろう。少なからず、ほとんどの人間には理解されない欲だろうね。ほとんどの人間は逃げ惑うのに精いっぱいだ。強大な敵が来たらだれかに助けを求め、敵が去ったら何食わぬ顔で大きな顔をする。そんな雑魚どもには分かってもらいたくもない。当然、あの人にもね。
「はぁ……はぁ……。強かった。僕が今まで戦った魔の中で一番だ。でも、僕はここに立っている。僕の英雄への道は、また閉ざされることはなかった」
 そして、それを乗り越えた末に得られるこの感覚。強かった、本当に強かったよ。訂正する。一握りながらも人間に立ち向かえる魔が身近にいるのだろう。僕はうれしいよ。魔がそろいもそろって雑魚どもの集まりだったら、僕が英雄になる意味なんてないんだ。少なくてもいい、少なくてもいいから強大な敵が存在すれば、僕は英雄として名を残せる。僕は今日という日を忘れないだろう。今日という日を覚えていれば、僕はまだ剣を振ることができる。

 ――ありがとう、名も知らぬ強大な魔。君の死は意味のある死となる。絶対に残してあげるから。僕の叙事詩で、君は生き続ける――

                  Episode23 飢え

 魔から人間を救う『勇者』。そんな勇者として旅を続けるヴィレイ。彼が助けてきた人間は数えきれないほどで、いまや、ヴィレイは数々の村の人間から勇者様と崇められる存在となっていた。
 しかし、そんな人間の救世主のような扱いであったとしても、ヴィレイの表情は曇っている。これも何かの運命か、勇者として旅に出て二年半を迎えようかとしているのにも関わらず、胸が熱くなるような強敵に出会えていない。ヴィレイは強大な魔に飢えて飢えてたまらないのだ。
 そんなヴィレイは『イーメント』という村に足を運ぶ。ここは世界が誇る情報都市で、数多くの情報屋が集まる。正直、人から情報を手にするのは嫌いなヴィレイであるが、もうそんなことは言っていられない。私情を捨てて、情報屋から情報を入手しにきたのだ。
「あの行方知らずだった銀狼を目撃したって噂が流れてるらしいぜ」
「この世界に亡霊が出てるって噂だぜ。信頼性はないけどな」
 歩く場所歩く場所、いろいろな情報が飛び交っている。これほど異質な村もないだろう。
「こんな雑音の中で生活してたら耳が壊れちゃうよ。早く何かいい情報を聞いてしまおう」
 あきれたような表情で、パッと見て信用できそうな、つまり直感で情報屋を探すヴィレイ。そして、しばらくして信用できそうな情報屋を見つける。
「ちょっとすまない」
 情報屋に声をかけるヴィレイ。しかし、声をかけた情報屋はなにやら驚いている様子。
「どうしたんだい? 客が訪ねているんだ。『はいなんですか?』と答えるのがマナーじゃないかな?」
 もっともな疑問を投げかけるヴィレイ。そう言った直後、情報屋が口を開く。
「ゆ……勇者様がこの村に!」
 その瞬間、近くにいたほとんどの情報屋がヴィレイの方を向く。
勇者様がこの村にだと! しまった……多くの情報に気を取られすぎて目の前の宝石を見落としていた!」
「……。これはまずいな。僕はあまりこういうのは趣味じゃない。行くぞ!」
 声をかけた情報屋の手を取り、逃げ出すヴィレイ。人間に注目を浴びて逃げ出す勇者。少し新しいのではないだろうか。
「はぁ……。ねえ、僕はお前を信頼して声をかけたんだ。なのにこの仕打ちはなに? 僕にここまでさせといてお代を取るとか言わないよね?」
 なんとか、追いかけてくる数々の情報屋たちの魔の手を避けたヴィレイ。細かなイライラがおさまらないヴィレイは、情報屋に理不尽な脅しをかける。
「め……滅相もございません。勇者様からお代を取ろうだなんてバチ当たりもいいところですよ。私が知っている情報であるならばなんでもお教えいたします」
 その言葉にヴィレイの気も少しおさまる。当然、これで何の情報も得られなかったらまた怒るのであろうが。
「いい心掛けだよ。じゃあ、遠慮なく聞くよ。何か強大な魔を知らないかな。勇者らしくないかもしれないけど、少し戦闘に飢えていてね」
「さすが勇者様。われわれ人間のために、少しでも強大な魔を裁いてくださるというわけですね」
「ふふっ。そんな都合のいいものでもないけど、君たちにとってはそれの方が印象がいいだろうから、そういうことにしておくよ。それで、何か情報はないのかい?」
 情報屋の都合のいい解釈に驚きながらも、冷静に話を進めるヴィレイ。それに対し、情報屋は自信満々に答える。
「これでも情報屋ですよ。任せてください」
「過度な期待はせずに期待するよ」
 情報があるということで、とりあえずホッとするヴィレイ。
「そうですねえ。勇者様は獅子王という魔をお知りになられておりますか?」
「獅子王? 知らないな。その魔は強いのかい?」
「ええ。情報屋の中では魔王よりも強いのではないかと噂されているくらいです」
「なのに魔王ではないんだね」
「詳しくは分かりませんが、人間だってグラン王が一番強いわけではないでしょう?」
「ふふっ。うまいこと言うじゃないか。それで、その獅子王の所在は?」
「それは分かりません。ですが……」
「貴様! この勇者ヴィレイをなめているのかい?」
 まさかの肩透かしに、思わず剣を抜きそうになるヴィレイ。これには情報屋も大慌て。
「落ち着いてください! まだ続きがあるんです」
「……続けろ」
 サヤから手を離し、落ち着きを取り戻すヴィレイ。
「はい……。それに近い実力を持つ魔がおりまして。それも、その魔は獅子王とも親しい関係なようです。うまくいけば獅子王の所在にもつながるかと」
 情報屋の言葉を聞き、不敵な笑みを漏らす。
「それは興味深いね。当然、その魔の所在は分かっているんだろうね?」
「そこはご心配なく。その魔は『ポルッカ』という村の近くにある、『ポルッカ山』の頂上に生息しているとの情報が入っています」
 自信満々にそう言う情報屋。きっと嘘はついていないのだろう。ヴィレイはそう確信する。
「ありがとう。とにかく『ポルッカ』へ向かえということだね。これは僕の気持ちだ」
「えっ、そんな! 勇者様からお代は受け取れません。それも、普段の倍ほどのお代を……」
「いいんだ。希望があってこその人生だからね。その希望をもらっておいてタダはひどい。まぁ、ひとつ不満を言うならば、それをだれかから手に入れてしまったことだ。でも、それは君のせいではない。だから気にせず受け取っておいてくれ」
 笑みを浮かべながら、情報屋に羽振りよくお代を渡すヴィレイ。しかし、情報屋にはそれが笑みには見えなかった。
 底が見えない飢え。そして、その飢えを満たすオモチャを手に入れたようなその眼に、情報屋はおびえを隠すことができなかった。
「ふふっ。じゃあもう僕は行くよ。その魔、強かったらいいな」
 そう言い残し、おびえる情報屋に触れることなくその場を去った。ヴィレイにはもう、『ポルッカ山』の頂上に生息すると言われる魔の存在にしか意識がいかない。それに、もしその魔が弱いとしても、獅子王という魔王よりも強いと噂の魔の所在を聞き出せばいい。保険までついているとはなんとありがたい話なのだろう。
 ヴィレイは期待を抱いて『ポルッカ』へと向かう。それは、勇者として人々を助けるためなどではない。自分の飢えを満たすために強大な敵と戦う。そのためにヴィレイは足を進める。


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因縁。それは切っても切れぬ黒い糸 

「いよいよ始まるな」
「そうですねグラン王。ようやく人間が魔に大きな一手を打てる」
 勇者が旅に出て、もう二年以上経ちましたか。しかし、時とは残酷なものだ。彼の過ごしてきた時間は現実の二年ほどに感じていることでしょう。しかし、魔からの注意をあなたが引き受けてくれたおかげで、私たちはその倍、いや、それ以上の成長をとげることができましたよ。
 だが、私たちはこんなものでは満足できない。人間はなによりも強大でなくてはならないのですよ。残念ながら、まだ魔を制圧できるほどの力を手にしているわけではない。そのためにはまだまだ成長が必要だ。成長するための時間が必要だ。時間を作るための余裕が必要だ。そして、余裕を作るためのきっかけが必要だ。そのためにも、もう少し働いてもらいますよ勇者様……。
 勇者人間代表という意か。本当にそのとおりだと思いますよ。人間を代表する人間のための駒。まさにそのとおりだ。
「さぁ、旅立ちの時だ王子。いや、こういうときまで王子と呼ぶのは失礼だな。旅立ちの時だエヴィル。人間の運命をお前に預けたぞ」
「えぇ。人間の技術力に死角なし。まだそんな大げさなものでもございません。では、行ってまいりますグラン王」
 さて、運命を預けられたところで、私はまやかしの神にでも祈ろうかな。私は神の僕。どうか私の描く通りの戦局でありますように……アハハッ。神なんてしょせんは人間の操り人形なのに、どうして操り人形が人間を操れるんだろう。不思議だなぁ。まぁ、勇者を操る私たちのようなものか。私たちが決めた人間代表を、決めようと言い出した私たちが利用する。これほど心地いいものはない。そう考えると神を考え出した者は天才だ。心はだれよりも真っ黒でも、だれよりも爽快だったのだろう。気分よく神様気分で戦局を眺めに行こうじゃないか。そして、また見下しながら笑いたいな。

 ――さぁ、旅立ちの時だ。人間の成長のために……勇者、あなたをいただきます――

                 Episode24 因縁激突

「まだ着かへんの!?」
 『レーベ』を出てから一週間あまりの時が流れた。しかし、まだ目的地には着かず、最大限の移動と最小限の休息を繰り返して進む。そんなむちゃな移動の仕方にミクスは疲れを隠せない。急いでいるとは分かっていても、ついつい口から愚痴がこぼれる。
「もう少しだ。辛抱してくれ」
 アルゴからの返事はいつも同じようなことばかり。いつになく焦っている様子だったので深くは干渉しなかったミクスであるが、一週間もこんな調子だとさすがに気になってしまう。
「あかん。さすがにもう聞くわ。なんでこんなに焦ってるん? アルゴらしくないで」
 そんなミクスの言葉に対し、やはり焦りを隠せない表情で答えを返す。
「友が……ラヴィが危険なんだ」
「ラヴィって、あの魔族で友ができたとかいうそれかいな!」
「そうだ。ラヴィが危険にさらされているんだ。焦らずにはいられない」
「そういうことやったら早く言ってや! 急ぐで、休憩なんかしてられへんわ!」
 事情を把握し、納得したミクス。これまでよりも大急ぎで『ポルッカ山』へ向かう。

 そしてこれは同時刻。一人の男が何かを見上げるように空を見た。
「ここか。ふふっ。現物を見るとさらに燃えてくるな。待っていてくれよ強大な魔」
 冷たい笑みを浮かべながら山へ入る。しかし、なにか違和感を感じる。
「なんだ、この山からは殺気がしないな。魔がでてくる気配がない……謀られたか? いや、勇者であるこの僕をだますメリットはない。となると……!?」
 この一瞬でヴィレイの悩みは取りこし苦労だと認識した。ヴィレイの体が感じたのだ。この『ポルッカ山』の頂上から伝わってくる強大な気を。そして、その気はヴィレイの心を躍らせるのに十分の気だった。
「お前も待ちきれないのかい? いいね、僕の好みだ。お望み通り最速で駆けつけてやるよ!」
 体力のことなどお構いなし、強大な気が伝わってきた頂上まで走る。
 ヴィレイが頂上へ向かうその眼は純粋そのもの。心からうれしいのだろう。自分の飢えを満たす強大な敵が頂上にいると思うと、自然と笑みがこぼれる。
「ふふっ。これはこれは驚いた。君は魔王じゃないよね? そんな堂々とたたずんでいたら勘違いしてしまうよ」
 頂上にたどり着いたヴィレイが見た姿、それは怒りの形相でヴィレイを待つラヴィの姿だった。
「けっ。てめえにとっては魔王かも知れねえぜ? おめえはあいつと違っていい風が吹いてねえ。遠慮なく追い返せるってもんだ」
「ふふっ。いいねえ。言葉が通じるというのがまたいい。それに、なんだか君を見てるとあのときの魔を思い出す」
 湧き出る感情を抑えきれないとでも言おうか。そんな表情を浮かべながら勢いよく剣を抜くヴィレイ。
「そうかい。あのときってのがどのときなのかは知らねえがよ、争いてえなら争いで返すしかねえ。俺たちはその程度の族だ」
 剣を抜いたヴィレイに対抗するように、闘志剥きだしで戦闘態勢に入る。そして……。
「ふふっ。楽しませてね」
「けっ。争いが楽しいわけねえだろうが!」
 両者は知らぬ、因縁深き因果が今、激突した。

 両者が激突して少々、ようやくアルゴとミクスが『ポルッカ山』へ到着した。
「アルゴ。明らかに大きな気配が頂上に二つあるで」
 サーチで現状を確認するミクス。
「……急ごう」
「そやね」
 すでに戦闘が始まっている。アルゴはラヴィともヴィレイとも戦闘の経験がある。それは時期もあり、あのときのままならばラヴィが圧勝するだろう。だが、アルゴはヴィレイの覚悟を知っている。ぶれない者の成長力は果てしないということも知っている。だからこそ心配だった。もう、あれから二年以上も経っているのだ。二年もあれば人が化けたように強くなっていてもおかしくない。それも、あのヴィレイならばなおさら。
 そう思えば足も自然と進んだ。正直、ここに来るまでの体力の消耗は大きい。こんな状態で両者の戦闘を止められるかといえば自信はない。だが、行かずにはいられなかった。行かなければきっと後悔することになる。それが分かっていたから……。
 しばらく進むと、もう頂上が見える。初めて来たときは一晩を山で過ごしたというのに、何の障害もなければ大きな山も小さいものだ。そして、二人は頂上へたどり着いた。
「ラヴィ……ヴィレイ」
 頂上では威圧感漂う戦闘が行われていた。ラヴィからは薄い紫色の、ヴィレイからは濃い赤色の血が流れているのがはっきりと確認できる。そこに……。
「戦闘は中止や。不意打ちですまんけど一回しびれたってや」
 戦闘を止めるために強行策に出るミクス。左手には大きな黄色の球体が出来上がっていた。
「ライトニング!!」
 ミクスのライトニングがラヴィとヴィレイに向けて放たれる。しかし、いつから気付いていたのか。ラヴィの拳とヴィレイの剣がミクスのライトニングをかき消す。傍から見ればコンビのように息が同調している。
「嬢ちゃん連れとはやるじゃねえかアルゴ。それも、混血の魔法使いってやつか嬢ちゃんは? てことは、コング兄弟と獅子王を退けたってのに一枚噛んでやがったってわけだな。さすがだぜ」
「ふふっ。なかなか役者がそろってきたじゃないか。勇者とライバルと強大な魔と小さな魔法使いちゃん。いい図だよ」
 二人の出現により、一瞬でも戦闘が中断された。もしかするとこれで興が削がれて戦闘が終わるかもしれない。そんな希望も抱いた。しかし、現実はそう甘くない。
「でも、これは僕と彼の問題だ。そんなときに邪魔が入るのは不愉快だな」
 明らかな怒りの表情を見せるヴィレイ。楽しんでいたところに邪魔が入ったことが不快らしい。
「そいつはおおむね同意だな。ここは俺の山だ。そこに乗り込んできてるんだから俺が追い返さねえとなんねえ。邪魔はしねえでくれや」
 ラヴィもそこはヴィレイに同意する。
「……。つまり、力ずくでないと止まらないと言うのだな?」
 話し合いを諦めたのか、剣を抜くアルゴ。
「何しとんねん! アルゴまで加わったら埒あかんわ。そうや、なんで争っとんねや? ここは、そこのモフモフできそうな魔族さんの山なんやったら、青髪の勇者様が引いたら終わりやん」
 焦って、いろいろと意味の分からないことを言い出すミクス。そんなミクスの言葉に対し、ヴィレイが答えを返す。
「僕は君たちのように夢見がちじゃあない。ただ、強大な敵を倒して歴史に残りたい。みんなが僕を語り継いで生きていくんだ。だから、あのときのような強大な魔が必要というわけさ。まぁ、すでに彼はあの魔よりも強いけどね。偶然かは知らないけど、外見も彼によく似ていたよ」
 そんなことを平常で言うヴィレイに対し、ミクスは少し嫌悪感を覚えた。というよりも、自分の中の勇者像との違いに驚きを隠せなかった。
 命はすべて自分のためにある。歴史に残るであろう自分にとって、自分以外の生物はすべて踏み台。きっとヴィレイはそんなことを思っているのだろうとミクスの脳が結論を下した。結果、ミクスも左手に魔法を取り込み始めた。当然、標的はラヴィではなくヴィレイに。
 しかし、何やら異変に気付いたらしいアルゴがミクスを止める。さっきまで自分も戦おうと思っとった癖にと思いながらアルゴの方を見ると、明らかにアルゴが威圧されている。いつの間にか抜いていた剣を戻していたほどにだ。そして、そのアルゴの目線はヴィレイではなくラヴィにあった。何事かとラヴィの方を向くと、その理由がはっきりと分かった。そして、ミクスも魔法の取り込みを止めた。
「てめえ、今、外見が俺によく似た魔族と戦ったと言わなかったか?」
 アルゴとの試合で見せた時とは別人かと思うほどの威圧感を漂わせるヴィレイ。
「戦ったよ。もう何年前かは忘れちゃったけど、この近くの森だったなぁ。あの時の興奮は今でも忘れられないね」
 なんだか、ラヴィとあのとき戦った魔族の関係性が分かってきたヴィレイ。こんな風に余裕を見せて答えているヴィレイだが、体はラヴィの威圧を十二分に感じている。しかし、ヴィレイはそれに恐れるタイプではない。むしろ、もっと引き出したい。そう思ってしまった。なので、余裕を見せながら怒らせるように答える。
「もう一度聞くぜ? 俺に似た魔族を殺したんだな?」
「うん、殺したよ。いや、それは間違いかな。あのときの魔は僕の歴史の一部だ。僕の叙事詩で彼は生き続けるよ。だから心配ないよ。ふふっ。お・と・う・さ・ん」
 その瞬間、場の雰囲気が明らかに変わった。もう、だれもラヴィを止められない。加わることもできないだろう。ヴィレイの言葉で、その場にいる全員が気付いてしまった。オビィを殺したのはヴィレイ。そして、オビィはラヴィの息子だということ。さらには、アルゴは師匠。ミクスは親、どちらも大切な者を失っている。それを今のヴィレイのように冒涜されれば、自分も同じように怒っただろう。アルゴもミクスもそう思ってしまったから。
 そう思った時には、ラヴィはすでにヴィレイへ向けて拳を振るっていた。あまりの速さに驚いたヴィレイだが、バックステップでなんとか攻撃をかわす。だが、ヴィレイはかわせただけ。反撃に移ろうと思っても、すでに二撃目の拳が見えるのだから反撃のしようがない。ヴィレイはラヴィの野生の力というものを百パーセント引き出してしまった。しかし、ヴィレイは後悔などしていない。むしろ、攻撃をかわすその顔は笑顔に見えた。
 しばらくはラヴィの攻勢が続いたのだが、ヴィレイもリズムをつかんだのか反撃に移るようになってきた。しかし、ここでひとつの誤算。なんと、意図してのことかそうじゃないのか、ヴィレイの斬撃をもろに受けた上での攻撃をラヴィが仕掛けてきたのだ。これはもうカウンターと呼べたものではないだろう。言うなれば捨て身の特攻。ラヴィの体に大きな傷がついた代わりに、ヴィレイを思いっきり殴り飛ばした。
「こんな傷、こんな傷よぉ、俺がオビィにしちまった罪に比べりゃあ小せえ小せえ傷だ。でもよぉ、それがおめえにつけられた傷だってのが死ぬほど恥ずかしいぜ。オビィがてめえの歴史の一部? てめえの叙事詩で生き続ける? ふざけんじゃねえ! てめえが奪った命がてめえの歴史で生きるなんて、それこそ夢見がちだろうが。命を奪うってのはそんなかっこいいもんじゃねえ。ただ、命をひとつ消すだけだ」
 体から流れる血が、ラヴィの白い体を薄紫色に染める。それだけで痛々しい光景ではあるが、アルゴもミクスもラヴィを心配して近づくことはできなかった。そう、まだ戦いは終わっていないのだから。
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。君こそ歴史を軽く見過ぎじゃないかい。なぜ僕たちは生きる? 死ぬまでに何かを残すからじゃないか。そして、その中でもっとも素晴らしいもの。歴史だ。歴史に残ればいつまでも生きていられる。もし不死であったとしても、それだけじゃつまらないじゃないか。死ぬまでに何か大きなものを残したい。それは当たり前な考えだと僕は思うけどね。そして、僕の歴史が詰まった叙事詩のなかに、君も、君の息子も加えようと言っているんだ。ありがたく思うのが普通だと思うけどね!」
 フラフラになりながら立ち上がるヴィレイ。よほどの大ダメージだったようで、明らかにひどい吐血もしている。だが、ヴィレイは戦いをやめるつもりはない。すべては自分の叙事詩のため、ラヴィへ剣を向け、そして駆ける。
 深いダメージを負った両者。しかし、どちらも攻撃を止めるつもりはない。ラヴィには息子を奪われた憎悪、目の前で冒涜された怒り。ヴィレイには歴史に残るための意志、父の英雄論への否定のための強さの渇望。そんな思いが支えているのだ。どちらも体がボロボロになり血だらけになっても攻撃を止めない。アルゴもミクスも止めることはできない。そんな戦いが続いていた。

 しかし、最終的にはどちらかが倒れ、どちらかが生き残る。いや、ときには両者倒れることもある。それが戦闘というもの。しかし、今回はきっちりと勝敗がついた。片方は地に倒れ、片方は大地を足で踏みしめる。
「……てめえだけは生かしちゃおけねえ」
 立っていたのはラヴィだった。地の利というものもあったのだろう。ヴィレイはここにたどり着くまでに体力を消耗していた。勝敗の差を分けた決定的な差はそこだろう。実力的にはまったくの互角だったといえる。
 しかし、立っているといってもボロボロで今にも倒れそう。だが、ヴィレイの気が失われている今、ラヴィはヴィレイをどうにでもすることができる。
 ラヴィはよろよろとヴィレイに近づき、手でグッと持ち上げた。
「殺す……のか?」
 思わず口をはさむアルゴ。
「当たりめえだろ。今回はおめえに口をはさむ権利はないはずだぜ。みろ、魔法使いの嬢ちゃんの方がよく分かってやがる」
「……」
 アルゴがミクスの方を見ると、泣きながら口をつぐんでいた。
「ミクス……」
 ミクスも、アルゴのように殺すのは勘弁してくれと口をはさみたかった。殺してもオビィが救われるわけがない。また新たな争いを生むだけ。親を奪われたミクスにはそれがよくわかっていた。しかし、それと同時に、大切な者を奪ったやつを自分なら生かせるかといえば自信がないのだ。実際に、獅子王と対峙したときに生まれた感情は殺すという感情。それが痛いほど分かっているミクスだけに、口をはさみたくてもはさむことができなかった。
 それは当然アルゴも同じ。だからこそ、アルゴもこれ以上の口をはさむことを止めた。せめてこの場の気持ちを見届けよう。そう思ったのだ。
「……」
 ラヴィの手に微かな力がこもる。それは、微かだとしても今のヴィレイならば殺すことのできる一撃。
「てめえは俺の息子を奪った。そしたら、俺みてえな残された者が生まれちまったんだ。そして、俺がおめえを殺したら、また残された者が俺を殺しに来るのだろう。いったいどういうことだろうな。争いってのはやっぱり虚しさしか残らねえ……。でも、やっぱりおめえは憎い。憎いって言葉じゃ足りねえくらい憎いんだわ」
 ラヴィがボソッと言葉をつぶやいた後、大きく手を振りかぶる。しかし、なかなか拳を打つことができない。
 しばらくして、ラヴィがヴィレイを持ったまま頂上の入り口まで移動する。
「なのに……なんでだろうなぁ……」
 そのままヴィレイを放り投げる。放り投げられたヴィレイは、視界から消えるほど下へ転がっていった。
 結果的に、ラヴィ本人の手でヴィレイを殺すことはなかった。まぁ、あれほど無防備に山から落ちたのだ。無事でいるとは思えないが、結果は分からない。
「ラヴィ……」
 二人の下へ戻ってきたラヴィ。だが、ボロボロの体でフラフラになりながら涙を流すその姿に、アルゴもミクスもどう声をかけていいか分からなかった。
「なぁ、アルゴ。魔法使いの嬢ちゃん」
 泣きながらラヴィが二人に問う。結果から言うと、二人はその質問に答えなかった。いや、答えることができなかった。

 ――なんでだろうなぁ……俺は、俺たちの居場所を守るために争いを続けて、人間の命を奪い続けた。でもよ、それは好き好んで奪った命じゃねえ。そりゃ、そんなもんは言い訳にもならねえよ。けどよ、俺は初めて好き好んで命ってやつを奪いてえなぁって思ったんだ。なのになんでなんだろうなぁ……殺してえやつほどいざとなったときに殺せねえ。憎いはずなのに、殺してえはずなのに……どうしてなんだろうなぁ……?――


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友情から生まれる苦渋の選択 

「これはまた好都合なものだ。あなたの傷を見ればよく分かる。どれほど壮絶な死闘だったかね」
 本当に運がいい。これほど私たちが思い描くように戦局が進んでいるとは。それほど期待はしていなかったが、お供を連れてきていてよかった。まぁ、お供といってもここでお別れですけど。
勇者様を丁重に城へ運びなさい。あなたは何も知る必要はない。ただ、グラン王に勇者様を差し出せばそれでいい」
「はっ!」
 これで人間の成長は大きく近づいた。勇者様は本当によくやってくれました。われわれ人間のために血を流して瀕死になって、そしてまた血を流す。ご苦労なことだ。私たちが到底やりたくない汚れ役を喜んで引き受けてくれたあなたは紛れもない勇者ですよ。心から感服します。アハッ。汚れ役か、本当に勇者にピッタリな言葉だ。そして、これほどまでに汚れ役を演じてくれた。でも……私は自分に不都合なことが許せない。さて、どうしたものか。
「気付いてますよ。私はバカじゃない。しかし、不思議だ。なぜあなたがここにいる?」
「……」
「そんな眼をしても何もさせませんよ。それに、あなたはもう終わっているはず。どういう原理かは知りませんが、お引き取り願いましょうか」
「……」
 引いた……。まさかこんなにあっさり引いてくれるとは。これは何の幸運なんでしょうか。あそこで戦闘になっていれば私も焦っていましたよ。戦って負けるつもりはないが、私はここで力を使うわけにはいかない。
 気になりますが今はいいでしょう。今回の私の仕事はただひとつ。残り者の排除。これほど簡単な仕事はない。

                  Episode25 決断

 ヴィレイとの戦いが終わったことにより、『ポルッカ山』の頂上に静寂が流れる。アルゴもミクスも、ラヴィに対して何も言うことができなかった。対して、ラヴィも二人に何を言うこともなかった。ただ、静かな空間が広がる。
 そんな静寂の中、それぞれが物思いにふける。アルゴもミクスもラヴィも、みんな大切な家族を失ったことがある。だからこそ物思いにふけることができることもある。それはすべて、自分の不注意だったり力がなかったり……だれかが君のせいじゃないよと言ってくれたとしても、三人はその言葉に体を委ねることはできないだろう。
 そんな思いが交差する中、小さな声が場を埋め尽くす。
「よかったんよ。きっと、殺さんでよかったんよ。偽善かもしれんけど、きっとよかったんよ……」
「……」
 その言葉に返事をする者はいなかった。しかし、ミクスは言葉を続ける。
「うちやって、家族を奪った獅子王を許せん。うちに獅子王を殺せる力があれば殺してまうやろな。けど、あんたは踏みとどまった。それはあんたが強く家族を思うとるからできたんや」
 ミクスの言葉はラヴィに強く響いた。まだまだ少女と呼べる年齢の女性が、必死に考えて考え抜いた励ましというだけで少しは楽になれた。ただ、それ以上に気になることがラヴィの中で生まれた。
「獅子王が、嬢ちゃんの家族を奪ったってのかい……?」
 ラヴィが驚くのも無理はない。ラヴィにとって、獅子王はアルゴ以上に優しい男だと認識しているからだ。
「そうやで。うちの家族はあいつに奪われたんや。あんたと獅子王の関係は分からんけど、うちはあいつを許さへん。アルゴだってあいつにやられたんやで」
「……本当かアルゴ?」
「あぁ。俺の力及ばずな」
 その事実にラヴィは驚きを隠せない様子。今は、ヴィレイの問題よりも、この獅子王の問題に意識が傾きかけている。
 ラヴィにとって獅子王は親友のようなものだった。魔族の中でも変わり者と呼ばれていたラヴィと獅子王。魔族なのに人間との争いを、いや、争いを嫌い、他の魔族にはない信念というものを抱いていた。当然、獅子王のすべてを知っているわけではない。だが、無意味に人間を、生物を襲うような魔族ではないことをラヴィは知っていた。
 獅子王が魔王の側近となり、離ればなれとなった。でも、それでも連絡は取り合っていたし、アルゴのことを話したときも、獅子王はうれしそうだった。そんな獅子王が、自らの意思で家族を奪い、アルゴを襲うなんて、ラヴィには信じることができなかった……。
「そう……か。あいつがなぁ。すまねえ。一緒になって怒ってやりてえとこだが、俺はあいつを信用しちまってる。何か理由がねえのかと考えちまう」
「理由か。不自然な点といえば、俺を殺さなかったことだな。いつでも俺を殺すチャンスがあったというのに……」
 考え込む二人。しかし、そこに怒りと悲しみを帯びた顔で、ミクスが言葉をつぶやく。
「理由なんて分からへんよ。けど、獅子王は家族を奪った。理由があるにせよないにせよ、うちにとっては獅子王は許せん存在や」
 その言葉に、また二人の言葉は止まる。
「そうだな。すまねえ」
 そんなミクスに対し、ラヴィはそんな言葉しか言ってあげることが出来なかった。

 その後、しばらく静かになり時間が流れる。こんな状態に、このままではいけないと感じたアルゴは言葉を発する。
「ラヴィ。ここに居てもいいのか? ここに来るまでにラビット族に一体も会わなかった。どこかに避難しているんじゃないのか?」
「そうだ。あいつらは危険が去るまで別の場所に居るように言ってある。そろそろか……ちょっと待ってろ」
 そう言うと、ラヴィは重い腰を上げ、どこに置いてあったのか、ペンと紙を持ち何かを書く。そして、その紙をアルゴに手渡した。
「これは?」
 急に何かを書いた紙を渡され、不思議そうにするアルゴ。どうやら魔族の文字らしく、アルゴには読めないので状況も把握できないのだ。
 そんなアルゴに対し、ラヴィは重苦しく口を開く。
「そいつは魔王のとこへの招待状だ。俺は誇り高きラビット族。魔族でも顔がきく方だから大丈夫だ。そしてこいつだ」
 何か言葉を発しようとしたアルゴを無視して、ラヴィは何やら目的地を示す地図を二枚ミクスに手渡す。
「嬢ちゃんなら読み方が分かるんじゃねえか?」
 ラヴィには確信があった。ミクスは混血。つまり、魔族の文化も多少は知っていてもおかしくない。そして、その読みは当たる。
 ミクスにとって懐かしい地図であった。魔族である母が、よくこういう地図を使っていたのを覚えている。物分かりの悪い父は最後まで使い方が分からなかったようだが、要領の良いミクスは、自然と地図の見方が分かっていた。
「うん。分かるよ。でも、急にどないしたん?」
 何かを勘付いたかのようにラヴィに質問するミクス。
 それに対し、ラヴィは苦笑いで言葉を返す。
「嬢ちゃんには敵わねえなぁ。アルゴと嬢ちゃん。着いてきな」
 ラヴィが向かった先は、頂上のさらに先。落ちれば死亡確定であろう崖であった。
 こんなところに連れてきてどうするのかと二人は尋ねる。それに対し、ラヴィは悲しそうな顔で答える。
「この崖のちょっと下を見てみろ」
 ラヴィが指をさした先、それは頂上から見える広大な風景の真下、広大な地面にひっそりとたたずむ坂であった。
「アルゴ。おめえの身体能力ならあの坂に降りられるはずだ。おめえらは今すぐあそこから逃げろ」
 意図の読めないラヴィの言葉。
「どういうことだラヴィ?」
 思わず疑問を抱き、尋ねてしまうアルゴ。
「まだ、終わってねえ。争いは、まだ終わってねえんだ」
「……まだ敵がいるのか?」
「そういうことだ。だから逃げろ」
 その言葉に、アルゴは首を横に振る。
「逃げられるはずがないだろう。次の敵は俺が戦おう。ボロボロのラヴィを置いて行けるほど俺は賢くないのでな」
「そうや。そんな悲しいこと言わんどいてえな。ラヴィはアルゴの友達なんやろ? せやったらもっと頼ってええと思うんよ」
 逃げられないという二人の言葉。そんな二人の言葉はラヴィにとってうれしかった。しかし、それ以上に悲しい言葉でもあった。
「駄目だ。俺の野生の勘をなめてもらっちゃ困る。俺だっておめえらと一緒に戦いてえ。だけど、それ以上に俺はおめえらを危険な目に合わせたくはねえんだ」
 そんなラヴィの悲しみを帯びた言葉。しかし、それでもアルゴとミクスは納得ができない。
 しかし、次のラヴィの言葉。心の底からの叫びであろうその言葉に、アルゴもミクスも揺るがざるを得なかった。

 ――逃げてくれ、頼むわ。俺はもう……俺はもうこれ以上、大切なもんを失いたくねえんだ――

 その言葉は、アルゴとミクスの心を揺るがすのに十分であった。きっと、これから先に来る敵は恐ろしいほどに強大なのだろう。それも伝わった。
 ラヴィと一緒に逃げようとも考えた。しかし、心が揺らいでいる今、思考はとても働く。一緒に逃げれば家族が危険にさらされる。それも分かった上での選択なのだろう。そして、もしも自分が動けなくなったときに、残った家族を頼む。そう、託された気がした。
「……。ラヴィ。お前の気持ちは俺も同じだ。生きて……生きてお前が家族を守ってやれ」
「少しの間。その間、家族を頼むわ」
「あぁ。お前の家族とともに、俺は待とう」
「……。早く行け。おめえらが居ることが見つかっちまえばえれえことだ」
 その会話には、口数以上の思いが交差していた。両者、涙は流さない。希望ある限り、涙は流してはいけない。
 アルゴはミクスを抱え、崖から飛び降り、坂へ着地した。さすがの身体能力といったところだろう。どうやら、この坂はラビット族の緊急避難通路みたいなものなのだろう。その坂は長い長い坂で、山のどこかへつながっているらしい。アルゴとミクスはそこを進むしかない。進むしかないのだ……。


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幸せに死ぬなんてあっちゃならねえ 

 行った……か。大丈夫だからな。俺が命に代えてもおめえらに危害がおよばねえようにしてやる。
 それにしても、俺はどれだけ恵まれてきたんだ。こんな争いしか知らねえ、数々の残された者を作ってきちまったこんな俺が、家族を守るなんて役回りをしてるなんてな。運命なんてものがあったなら、俺はきっと家族なんてものを作ることはできなかった。
 もしかしたら、運命は自分で切り開くなんてのはあながち間違いじゃねえのかもな。家族がいるから俺があって、そんな俺が家族を守って、そして……数々の家族を奪っていくんだ。こんな馬鹿げた話はねえよ……ねえはずなんだ。だけど、どうしてみんな俺みたいなやつを家族と認めてくれる。俺に微笑みを向けてくれる。俺の命なんかを案じてくれる……。
「これはこれは、勇者との死闘お疲れさまでした。おもしろいくらいにボロボロのようで」
 こいつが予兆にあったとてつもねえやつか。確かにひでえ顔してやがる。自分のことしか考えてねえ顔だ。自分以外のすべては駒で、命を奪うことに躊躇ねえ。確かにそいつは間違えてねえかもしれねえなぁ。もともと、生物は争うためにある。家族とか気持ちとか、そういうのは生物から生まれた欠陥だ。こいつは純粋に生物なのだろう。分かっている、それは分かっている……が、俺はそれを認められそうもねえ。欠陥だと笑われても構わねえ。そいつを認められそうもねえんだ。
「けっ。大したことねえよ」
「あらあら、それは大変だ。もしかすると奥の手も使わなくちゃならないなんてこともあるかもしれませんね」
 いけ好かねえやろうだ。こういうタイプが二連発なんて、ついてねえなぁ。
「俺はもうおめえとは会話したくねえ。とっとと戦ろうや」
「ふふっ。そうこなくっちゃ」
 俺を家族と認めてくれた。俺に微笑みを向けてくれた。俺の命を案じてくれた。そんなおめえらを俺はどうあっても失いたくねえ。生きろ。嫌になるってくらい生きろ。俺が……その踏み台になってやる。幸せに死ぬなんてあっちゃならねえ。だが、その機会をくれるというのなら、俺はそれを大いに使わせてもらうぜ。

             RaviEpisode2 Death of the Happiness

 俺は期待されていた。生まれたころから魔族でも飛び抜けた戦闘力に、驚異的な成長力。さらには豊かな知能ときたもんだ。自分で言うのはこっ恥ずかしいが、俺は魔族のエリートだった。確か、あんときは魔王の野郎も俺に気をかけていたっけなぁ。
 だが、俺が魔族として物心がついてきたころ、魔王の思惑と俺の思想にズレが生じ始めていた。魔王はとにかく人間が憎かったようだ。まぁ、そりゃしゃあねえわな。復讐に駆られた心をコントロールできるほど魔族は強くねえ。魔王は俺に人間の愚かさを伝えた。だが、俺はそれを理解することはできなかった。
 その後、俺の周りに魔族は寄り付かなくなった。まっ、当たり前だわな。周りからしてみりゃ、何考えてんのか分かんねえいけ好かねえやつだ。その上、実力のあるエリートとくれば距離を置くのが自然。いわゆる独りぼっちってやつになっちまった。
 しばらくそんな時が続いていたとき、あの野郎は現れた。
「お主はいつも一人だな。寂しくないのか?」
 あの野郎は俺よりも少し年上で、なおかつ落ち着いていた。だが、あんときの俺は幼かったなぁ。せっかく声をかけてくれたのに、精一杯敵意を剥きだしたもんだ。
「あっ? 好きで一人でいるわけじゃねえよ。だれだてめえは」
 敵意剥き出しで答えた俺に対し、あの野郎は何の嫌悪感もなく言葉を返してきやがった。俺は今でもあの野郎の言葉と、何のけがれもねえ笑顔を忘れられねえ。
「私か? 私はただのはぐれさ。ちょっと他の魔族と価値観が合わなくてな。そこで吹っ切れられたらいいんだが、それでいて寂しがり屋ときたもんだ。ややこしいやつが来たなぁと思っただろ?」
 別になんともねえ、むしろどっちかと言えばうぜえ台詞だと思うが、なぜか俺には印象的な言葉だった。
 だからこそ、俺は今でも信じられねえ。こんな馬鹿みてえにけがれねえおめえが、理由なく生物を殺めるなんてよぉ。なぁ……獅子王。

 それから、俺と獅子王はずっと二人で行動していた。他の魔族からは白い目で見られていたが、それはそれで構わなかった。結局のところあれだ。ごちゃごちゃと魔族というものは生息しているが、そのごちゃごちゃいやがる中で、一人でも気が合うやつが見つかれば住む世界がガラッと変わる。意外とそれが難しいもんだと知っているから、俺としてはこの現状を幸運に感じていた。
「けっ! 相変わらず桁違いの強さだなぁおめえは。エリートなんて言われてた俺が恥ずかしく思えるぜ」
「それは持ち上げすぎだろうラヴィ。お主も十分な力を持っている。エリートに違いないと私は思う」
「嫌味にしか聞こえねえよ!」
 あの野郎との修行ってのは格別だったのを今でも覚えてるぜ。なんというか、心地良いんだよな。何が心地良いのかと言われれば難しいが、例えるとしたら「殺めるためじゃねえ武」と言うのか、そいつを鍛えてる感覚に陥るんだ。
 俺は別に偽善者ってわけじゃねえ。争わなきゃなんねえときがあるのは身に染みた。いつまでもこの心地良さが続くわけでもねえってのも本能で分かっていたのだろう。だけど、こういう感覚も身に染みついているというのは、俺にとって宝だ。
「そういや、それってなんだよ。おめえ、剣使いの癖に斬ってこねえよな。その証拠に傷が打撲だ。あれか? ハンデか?」
「ほぅ。そんな風に思わせてしまっていたか。それは失礼した。別にハンデというわけではない。ただ、これは私の性分だ。斬らなければならないとき以外は私は斬らない。『斬る』というものは言葉以上に繊細なものだ。少しでも手元や感覚が狂ってしまうだけで、予想よりもはるかに大きな損害を与えてしまう。その一度のミスでラヴィの未来を奪ってしまったとなれば、私はどう悔やめばいいか分からない」
 あんときの獅子王は、いつにもまして真剣だったのを覚えている。獅子王といい、アルゴといい、剣士運はいいらしい。あの勇者野郎も、悔しいが剣には一本筋が通ってやがったしな。
「つまり、『斬る』というものにも相当な覚悟が必要なのだ。簡単に言えばあれだ。剣士なりの安全策のようなものだ」
「そいつはえらく気を使ってくださってるじゃねえか。そんで、その剣なのに打の攻撃が安全策だというわけか」
「そうだな。これは正式名称を『峰打ち』という。剣士としては必ず覚えておきたい奥義だ」
 笑わせるぜ本当に。獅子王は、敵を殺めない技を奥義と言ってしまったんだ。強さを求める武からすれば反した剣士なんだろうと思う。だが、俺はそんなことを生真面目に語る獅子王が好きだった。こんな物騒な世にもこういう魔族はいるのかと感心したものだ。
 だが、アルゴは襲われ、大ダメージを負った。嬢ちゃんは家族を奪われた。きっとどちらもうそを言っているわけではないだろう。何か事情があると願いたいが……。

 その後もずっと獅子王とともに行動していた。だが、ずっとそんな状況でいられるほど人生ってのは安くできてねえ。ほぼ同時期に別れなければなんねえ出来事が起きた。これが俺にとってもあの野郎にとっても、大きな転機だったのかもしれねえなぁ。よく考えりゃ俺はずいぶん汚れちまった。なのに、獅子王が汚れてねえ。そんな確証はないのかもしれねえな。
「マジか! まっ、おめえは強いもんなぁ。それもうなずける話だぜ」
 獅子王は、魔王の直属の部下に指名された。それもまぁ当たり前の話だわな。こんだけ強くて目がつけらんねえはずがねえ。少しくれえ思想が食い違っていたとしてもお釣りがくるレベルだ。
「あぁ。どうやらその様なのだ。さすがに魔王様のご使命だ。受けぬわけにはいくまい」
「どうしたよ。こんなVIPなご使命受けた割にはテンション下がり目じゃねえか」
「それはそうなのだが……。お前と離れてしまうと考えると手放しには喜べなくてな」
「……気にせず行ってこいや。離れてようが近くに居ようが、俺とおめえは俺とおめえだ。運がありゃあ、ふとした時に再開できるさ」
「そうだな。ありがとう」
 なんか、今思い出すとやたら恥ずかしいな。ぼっち二人の青春ドラマとかどこに需要あるんだよ。あんときゃあ俺も若かったなぁ。なんやかんやで別に普通に会えたし、ほんと……若かったなぁ。
 そして、獅子王が魔王の下へ去ってから少ししたころか、偶然にも俺にも転機が訪れた。ラビット族がひとつの団体としてまとまってきたらしく、『ポルッカ山』に配備したいそうだ。そこで、ぼっちといえどエリートな俺に白羽の矢が立ったというわけだ。今思えば、それが争いの始まりだったんだな。
 まっ、俺だってこのままジッとしているのは嫌だった。だからその申し出を受けた。魔族の偉いさんどもは驚いていたぜ。こんなぼっちの俺が、団体の中で生活するのを快く引き受けるなんて思っていなかっただろうからな。

 それからしばらく、俺は『ポルッカ山』の生活にはなじむことができなかった。まっ、偶然にも友だちがいたとはいえ、本質はぼっち体質だ。そんなやつが群れの中のリーダーになれと言われても簡単にいくはずがねえ。あのときはあの野郎のことを思いだしまくったのを覚えてるぜ。あれだけぼっちに慣れてたのに、いきなりそこから引き上げられて沈められると、また悲しくなっちまう。あんときばかりは、ぼっちである自分と、引きずり出して去った獅子王を恨んでたぜ。どうせまたぼっちになるなら初めから手を差し伸べてくれない方がよかった。そんなことも思っていたな。
 だが、そんな俺に対して接してくる物好きがまた現れた。
「あんた、いつも寂しそうな顔してるねえ。寂しそうなのに一人でいるなんて変な人」
「あっ? 別に好きで一人なわけじゃねえ。おめえも早く去りな。仲間だと思われちまうぞ」
「何言ってんの! あたしもあんたも同じラビット族さ。だれもあんたを見放してなんてない。あんたが勝手に離れていってるんじゃないか」
「……」
 今思えば、俺はすでに天に恵まれていたのかもしれねえな。こんな気難しいやつを二回も、二回も引き上げてくれるやつがいた。俺にとってはこれだけでも感謝に値する。
 それから、俺には友だちだけじゃなく仲間が、家族ができた。やはり誇り高きラビット族だ。こんな俺でもすんなりと輪に入れた。それから少しの間は俺が俺じゃないようだったな。山を探検して新たな発見に心が躍ったりしてたもんだ。そんで、心の底から笑ってた。今でも心の底から笑うことはあるが、あんときは血にまみれてなかった、きれいな笑顔だったな。懐かしいぜ……。

「てめえら! 大群の何かが、この山に押し寄せてきやがるぞ……。注意しろ」
 こんなことはあいつらには口が裂けても言えねえが、もしかすると、それに気づかずに奇襲で滅んでいたのが一番よかったのかもしれねえな。それが俺たちが血にまみれずにすんだ一番の方法だったのかもしれねえ。だけど、きっと今でもそんな選択はしなかっただろう。俺は自分のプライドよりも家族を選んじまった。
「世界を脅かす邪悪なる魔め! 我ら王家騎士団が葬り去ってくれるわ!!」
「……やるしかねえんだな。欲深い族か。悲しいもんだぜ!!」
 人間は話し合いになど応じる気はなかった。根底から魔族を悪と決めつけ、魔族を滅ぼすために争う正義。きっと、人間の王というやつはそう刷り込んできたのだろう。結局は偉い人間の安泰のため。使い捨ての下民を使って魔族を滅ぼし、自分たちは高みから見物か。ほんと、どこも一緒だよなぁ。魔王も、人間の王も、そして、俺もだ。どれだけきれいごとをほざいても結局は戦っちまうんだ。『家族のため』。そのためなら、俺は血にだって争いにだって、何にでもまみれた。いくらでも汚くなれた。
「……これが、争いか」
 俺たちは人間の手から居場所を守った。だが、何人かの死者も出た。なぜだろうな。攻めてきた人間は数えきれないほどいるのに、死んだ少数のラビット族に対して悲しみを覚えた。そのとき、初めて命は平等ではないことを覚え、同時に争いで血にまみれる自分をひどく卑下するようになっていた。
 それからも人間と数えきれないほどの争いを繰り返した。今の今までこちらから攻めたことは一度もない。しかし、人間から見れば、それは魔族が人間を襲い、殺したように感じる。勝者はいつのときも悪者にされて、また新たな争いが生まれる。絶えることのない残された者と、俺たちはいつも争っていた。
「大丈夫かいあんた!」
 だが、そんな俺が生きていられたのは家族がいたからだ。家族が俺をつなぎとめてくれていたから今の俺はある。そんな家族を、死なせることなんてできやしねえよなぁ。罰当たりにもほどがあらぁ。

 それから俺は、オビィを抱いて、失って、アルゴと出会い、別れ、また出会った。そして、俺は今アルゴを、家族を守っている。争いの中で息絶えるに相応しい俺が、最後は何かを守って散れるんだ。これほど幸せな死はねえ。
 ほんと、どうしちまったんだろうなぁ。俺の人生、少しも不自由なところがねえ。こんな汚え俺が、こんなきれいに死ねるんだ。人生というやつには感謝してもしきれねえや。
「どうしたよ。こんな傷だらけの俺に苦戦してるようじゃ読み違いだったなぁ」
「一体どこからそんな力が……。私が弱いわけがない。しかし、今のこいつがそんなに強いはずがない。許せない事態だ」
「けっ、おめえには一生分からねえだろうよ」
「仕方ありませんね……」
 どうやら奥の手とかいうやつらしいな。こいつはやべえわ。やはり俺の野生の勘は優秀だ。逃がして正解だったぜ。本当に良かった。こんなやつに命を奪われるのが本当に俺だけでよかった。
 後は任せたぜアルゴ、獅子王。俺にとって家族を託せるのはおめえらだけだ。俺は一足先に脱落しちまうが、おめえらがいれば安心だ。
「この力がどういうものか分かるでしょう! もう、あなたはおしまいですよ。あなたは私を怒らせてしまったんだ」
「みてえだな。けど、安心したぜ。おめえ程度のやつらにアルゴと獅子王は負けねえよ」
「あなたは人をイライラさせるのがお得意のようだ。魔は魔らしく無残に死ね!!」
 生物の死というものは最後に人生を振り返ると聞くが本当だな。思う存分振り返らさせてもらったぜ。それを踏まえてもおかしな話だぜ。俺は、最後の最後まで幸せだったんだ。ほんと……

                ――いい人生だった――

「……ふふっ。あはははは! どれだけ大口をたたいても結局はこうなるのです。しかし、手強かった。予想以上にあの勇者さんは使えるかもしれませんね。予定変更です、残党なんて放っておいても問題ないでしょう。帰還します」


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AntiHeroQuest 

 空に一筋の光が通った。きっと、ラヴィが俺たちを守ってくれた証なのだろう。
 ラヴィ……ラヴィは俺に魔の可能性というものを伝えてくれた大事な友だちであり家族だ。どうして人間というものは命を簡単に奪える。あんなに楽しそうに、あんなに悪気なく、あんなに堂々と……。いや、そうではない。ラヴィも言っていた。魔にもいろいろな性格があり、自分が魔のすべてではないと。となれば、人間だってすべてがそうではないはずだ。
 ほとんどの人間は、ただ腐った王にあやつられているだけ。腐りを除けば、まだ人間にも可能性があるかもしれない。
「アルゴ……あの光なんなんやろ。もしかしたら、ラヴィが……」
「……ラヴィは、俺たちを……家族を守ってくれた。そんな悲しい顔をしてはいけない」
「ごめん……。でも、こんなときにこんなこと言いたないけど、アルゴ、めっちゃ険しい顔しとるで今……」
「……」
 ミクスの言うとおり、今の俺はとても険しい顔をしているのだろう。ヴィレイがあそこまで叙事詩の英雄像に憧れる気持ちが分かった気がする。それほど、俺の中の心の線が一本につながった。

 ――今の俺に迷いはない。俺は、俺の信じる「道」を歩むだけだ――

                   Episode27 道

 エヴィルの放った光が空を照らしてしばらく、暗い顔、しかし、何かを決意した顔で坂を下ったアルゴ。こんなアルゴの顔を見るのは初めてのことで、ミクスは声もかけられない。黙ってアルゴの後を追う。
 しかし、坂を下ったのはいいのだが、どこにラビット族が住んでいるのか見当がつかない。しばらく山を散策するが、この広い山だ。そう簡単に見つかるはずがない。気付けば夜も更けていた。
「今日はどこかいい場所を見つけて夜を越そう」
 不意に言葉を発するアルゴ。しかし、その声はいつもと比べどこか違和感があり、ミクスはうなずいて答えるくらいしか頭が回らなかった。
 普段はこんなおかしな状況に対して何か言葉の掛け合いがあったりするものだが、そんなことはなく、ただ黙って寝場所を探す。どちらも気持ちはいっぱいいっぱいだった。
 それ以上特に変わったことはなく、寝場所を見つければ静かに寝る。そして、無言のまま朝日の光に山がつつまれた。
 きっと今日も無言のまま散策が始まるのだろう。そう思ったミクスは早々と出発の支度を始める。しかし、予想外にもアルゴからミクスに声がかかる。
「寝る時に考えていたのだが、そういえばミクスはラヴィから地図をもらっていたな。その地図はどの程度の範囲が記されているんだ?」
「地図……? そうや、地図や!」
 ミクスは場の雰囲気に呑まれてすっかり忘れていた。そういえばミクスはラヴィからもらった地図があった。しかも、記憶で覚えている範囲では、その地図はかなり狭い範囲で記されていたはず。となれば、もしかすると書いてあるかもしれない。
「ビンゴや……」
 そして、その記憶は正確だった。地図の一枚は魔王城への道のり。そして、もう一枚は『ポルッカ山』の地図。そして、ご丁寧にひとつの箇所に印がつけられていた。ここがラビット族が住む場所なのだろう。
 そうと決まればミクスの指示通りに動くのみ。昨日あれだけ散策したのがうそのように、その場所にたどり着いた。

「……」
 そこにはたくさんのラビット族が警戒しながら過ごしていた。いつかラヴィが帰ってくると願って、つねに気を張り巡らせているのだろう。だが、ここにはラヴィの姿がない。考えたくはないが、もうラヴィの命はこの世界にはないのだろう。そう考えると、その場所にどういう顔で入っていけばいいのか、二人には分からなかった。
「いつまでそこでジッとしている気だい。来なよ」
 そんな二人に対し、アルゴにとって懐かしく聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ヴァニー……」
 声の主はヴァニー。おそらく、何かを勘付いているのだろう。二人を迎え入れるその顔を、必死で保っているように見えた。しかし、せっかく声をかけてくれたのだ。それを無下にするわけにはいかない。二人は黙ってラビット族の輪の中に入る。
 そこにはたくさんのラビット族がおり、みんな心配そうにしている。しかし、何かを知っているであろう二人の姿を見ても詰め寄ってきたりなどはしない。言いづらいことがあるのだろうと気を遣っているのだろう。本当にいい魔族たちである。
「久しぶりだねえ。こんな可愛いお嬢ちゃんまで連れて……本当に、久しぶり」
 作り笑顔だとしても、ヴァニーは笑顔で二人に接した。聞きたいことは山ほどあるだろう。しかし、まずはリラックスできる環境を作ろうとしてくれている。そんなヴァニーの気持ちが二人には痛いほど伝わった。
 だからこそ、まだまだ小さいミクスには耐えられなかった。ラヴィを置いてここまできた自分が許せなかった。
「すんまへん。ホンマ……すんまへん」
 ミクスは、こんな自分たちに優しくしてくれるラビット族に対し、精一杯頭を下げる。こんなことをしてもどうにかなるわけではない。だけど、今の自分にはそれぐらいしかできないから。
「どうしたんだいお嬢ちゃん。頭を上げな」
 ヴァニーの言葉に頭を上げるも、気が気ではない様子。
「……あんたたち、お嬢ちゃんを休ませてあげてくれないかい」
 ヴァニーの言葉で、数人のラビット族が優しいそぶりでミクスを奥に連れていく。気が動転しているミクスには、今から始まる話は酷だと思ったのだろう。
「お嬢ちゃんを不安にさせてしまってすまないねえ。でも、これで分かったよ。ただごとじゃないんだろ?」
「……あぁ」
 深刻そうな顔でうなずくアルゴ。
「……話してくれないかい? 私たちも覚悟はできてるよ」

「……」
 アルゴは包み隠さずに起こった出来事を話した。勇者のことも、光のことも、魔王への招待状や地図のことも。そして、おそらくラヴィは生きていないということも話した。
 それに対し、ヴァニーたちは何も口を出さずにすべてを聞いてくれた。本当にいい魔族たちだ。
「これが……俺の見たすべての出来事だ。光を放った敵がどうなったかは分からない。まだここを動かない方がいいだろう」
 その後、しばらくの沈黙が流れる。そして、感慨深い面持ちでヴァニーが言葉を発する。
「相変わらずな人だねえ。もっともな理由をつけて仲間すべてを守ろうとするんだ。自分のことは棚に上げてね。でも、そのすべては優しさからだった。あたしたち生物には守れる限界がある。不思議な話だよ。奪える限界はないのにね。だけど、夫は……ラヴィは、その守れる限界を超えた範囲のことまで考えてた。それにいつも苦しんで、悩んで、そして、今回もまたあたしたちを守ってくれたんだ。ほんと……優しすぎるのも玉にキズだよ……」
 こらえるのも限界なのだろう。ヴァニーの瞳からきれいな雫が流れ落ちる。そんなヴァニーを見て、よりいっそうアルゴの意志は固まった。
「そうだな。俺もラヴィに守ってもらった者の一人だ。ラヴィが居なければ、あの光にやられていたのは俺だろう。だが、だからこそ俺のこれからの行動はラヴィに謝らなければならないものとなる」
「どういうことだい……?」
 決意を秘めたアルゴの眼に、ただならぬ覚悟を感じたヴァニー。
 アルゴは何の迷いなく答えを返す。

 ――俺は今まで、守って得る共存を目指していた。だが、結局俺の決めた道は違った。俺は、奪って得る共存を目指す――

 その後、数日間ラビット族の住処でお世話になり、旅を再開した。ミクスのサーチにより、エヴィルはすでに『ポルッカ山』にはいないことも確認している。アルゴもミクスも一安心というところだ。
 そして、今回の旅は、いつものような行き当たりばったりではなく、すでに目的地は決まっている。
「ホンマに行くんアルゴ? 下手したら死んでまうで」
 ミクスが心配そうな声でアルゴに尋ねる。だが、アルゴは迷いなく首を縦に振る。
「あぁ。俺は行かなければならない。きっと、ラヴィもそれを察して俺に招待状をくれたのだろう。本当に、最後の最後まで世話になりっぱなしだった」
「せやな! 分かった。うちも覚悟を決めて、グチグチ言わんと着いて行くわ。うちはもっと大人にならんとあかんな」
「いや、ミクスには十分助けられている。ミクスがいなければという場面はいくつもあった。本当に感謝しているぞ」
 そんな不意打ちのようなアルゴの言葉に顔を赤らめるミクス。
「そ、そんなことあらへんよ……あっ、その先を左や!」
 話を変えるように案内役をこなすミクス。しかし、その先といえどかなり遠く、照れ隠しで言った台詞と言うのはすぐにばれる。
 そんなミクスに対し、アルゴに自然と笑みがこぼれる。
「少し昔話がしたくなった。そのまま道案内をしながら、聞き流すように聞いてくれ」
 その言葉に、ミクスの興味が向く。
「昔話? なんのや?」
「笑えない。気が滅入る。そんな昔話だ。これを事情を知らない人に話すのは初めてのことだ。だが、ミクスに話したくなった。嫌というならしないがな」
 事情を知らない人に話すのは初めてのこと。この言葉にミクスは注目した。
 事情を知らない人に話すのは初めてのこと。ということは、ミクスはアルゴにとって特別な存在ということだ。それはやはりうれしいことであり、気が滅入る話であっても聞いておきたい。そう判断したミクスは、アルゴの笑えない昔話を聞くことにした。

 人間魔族を見極めるために、共存の道を探すために旅に出た反勇者アルゴ。そんなアルゴの旅はここで一度終わりを告げた。
 これからは、人間魔族の共存のための道を歩む旅となる。それは、自らの意思で剣を抜き、生物を殺めることとなるだろう。だが、アルゴはそれを決めた。
 こうして、新たなアルゴの旅が始まった。


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